希うもの~こいねがうもの~ ( 2 / 2 )
「あ、敦盛くん……!?」
京邸に戻ると、案の定多くの武士たちが慌ただしく出入りしていた。
その先頭で指揮を取っていたらしい景時が、敦盛に気づいて素っ頓狂な声を上げる。
「君、戻ってきたの? オレはてっきり……」
「敦盛っ!!」
邸の奥から飛び出してきたのは九郎。
「源氏の者をまいてどこに行っていた!? やはりお前は平家の間諜なのか?!」
「九郎、落ち着いてください」
穏やかな声で九郎をなだめたのは、後から出てきた弁慶。
やわらかい微笑みを浮かべながら、敦盛を見つめる。
「敦盛くん、黙って監視を付けたことは謝ります。けれど、君はそれを承知で外出した。そして、疑われるような行動を取った。きちんと説明してもらえないと、この先、君を八葉として遇することは難しくなります」
敦盛は静かにうなずいた。
「知り人が、私が源氏に追われていると勘違いしたのだ。説明する暇もなく匿われたので、源氏の郎党の方々にはご迷惑をおかけした。申し訳なく思う」
「そんな説明で……!」
「知り人とは誰ですか?」
九郎の言葉を遮るように、弁慶が問う。
こうして見ると、甥と叔父だけあってヒノエと弁慶は面差しが似ている。
静と動という違いはあっても、流れる血が近いということなのだろう。
そんな感慨を覚えながら、敦盛は答えた。
「平家方の人間ではない。だが、迷惑をかけるわけにはいかないので、名は明かせない」
「敦盛!!」
「源氏に害をなす人間ではないと……君は保証できるのですね」
「ああ」
「弁慶! こんないい加減な説明をお前は信じるつもりか?!」
無視され続けていた九郎が、ひと際大きな声で叫ぶ。
そのとき。
「敦盛さん!!」
辺りのものものしい雰囲気に不似合いな、明るい声が前庭に響いた。
パタパタと軽やかな足音が聞こえる。
「よかった! 帰ってたんですね!」
京邸の門のほうから、望美が勢い良く駆け寄ってきた。
すぐ後ろに譲が続いている。
「敦盛! 先輩をあまり心配させるなよ」
「六波羅で姿が見えなくなったって聞いて、私たちも探しに行ってたんです。無事で安心しました!」
心からうれしそうな望美と、ほっとして笑う譲。
敦盛もつられて表情を緩める。
「望美、敦盛は詮議の最中だ! お前は邸の中に戻っていろ!」
九郎が苛立ちを声に出して言った。
「詮議? 何についてですか?」
「決まっている! 源氏の監視をまいて、いったい何をやっていたのかと」
「九郎、もういいでしょう。敦盛くんの言うことに、嘘はなさそうです」
またしても、弁慶が九郎をさえぎった。
「弁慶?!」
「敦盛くんが本気で平家に内通するつもりなら、こんな目立つ方法は取りません。裏切り者の行動というのは、もっと慎重なものです」
「それは……そうかもしれんが」
「そ、そうだよね~、オレも弁慶に賛成~!」
ずっと話に加わり損ねていた景時が、場違いな明るさで声を上げ、九郎に睨みつけられた。
「……さあ、九郎」
「九郎さん……!」
弁慶と望美に促され、ひとつ大きく息をつくと九郎は敦盛を見た。
「……皆に免じて、今日のところはここまでにしておく。だが、源氏の人間のほとんどがお前を疑わしく思っていることを忘れるな。お前の行動が、お前をこの邸に迎え入れた望美や譲の立場をも危うくすることを肝に銘じておけ」
「……わかった」
「なんだ。結局君は、望美さんたちを心配していたんですね」
弁慶がにっこり笑って茶化す。
「黙れ! 俺は京にいる源氏全体の責任を取る立場にあるんだ!」
真っ赤な顔をして、九郎は大股で邸の中に戻っていった。
「やっぱり九郎さん、結構いい人なんですね、先輩」
「なんでああ素直じゃないかな~」
口をとがらせてぼやいた後、望美は敦盛に笑いかけた。
「それで敦盛さん、六波羅でのご用は済んだんですか?」
「用……などは特別なかったのだ。ただ、都落ちの際に火を放った街がどうなったか、この目で確かめたかった」
薄く微笑む敦盛に、望美は言葉を失う。
焼け落ちてしまった自分の邸を見るのが、つらくないわけがない。
顔を曇らせた望美に、敦盛は今度は力強く微笑んでみせた。
「大丈夫だ、神子。そこで大切な友に出会えた。彼に私の願いを……伝えることができた」
「願い……?」
「ああ」
彼方を見るように、敦盛は視線を空に投げる。
「この世にあるべきでない怨霊という存在を……神子の力を借りて浄化すること。本当の安らかな眠りを、すべての怨霊に与えること。……私はそれこそを希っている……」
穏やかな眼差しが望美に向けられた。
「どうか私に力を貸してほしい、神子。最後の一人まで、浄化できるように」
「はい! 敦盛さん」
「怨霊を浄化するのは、俺たちが帰るためにも必要ですからね」
譲が言うと、
「そうだね。一日も早くすべての怨霊が浄められる日が来るといいね」
と、景時も微笑んだ。
お互いの本当の胸の内を知ることなく、一同は語らいながら京邸の中へと戻る。
六条櫛笥小路の広壮な邸の庭に、夕闇が落ち始めていた。
ヒノエと敦盛の再会は、夏の熊野路でのこととなる。
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