数え年

 



「あれ?」

学校のパソコンで宿題の資料を検索していたあかねは、ふと手を止めた。

「……もしかして…??」

おなじみのwikipediaを開き、知りたい項目を入力していく。

「……やっぱりそう、だよね」



* * *



「え……?」

「だから鷹通さんは、まだ19歳なんです」

あかねの言葉に、鷹通は目を瞬かせた。

鷹通の大学のそばにある古風な喫茶店。

大きなカフェオレカップを胸に抱えるようにして、あかねは向かいの席から彼を見上げている。

「それは……どういう意味ですか?」

あかねと共にこの世界に来たのは去年の春のことだった。

すべてがめまぐるしく過ぎる中、年末に鷹通は生まれて初めて「誕生日」というものを祝ってもらった。

あのとき自分は20歳……この世界での「大人」になれたと認識していたのだが。




「ほら、あっちの世界では数え年で年齢を数えたじゃないですか。
wikipediaで調べたら、昔の日本は生まれた瞬間に『1歳』になって、お正月ごとに歳を重ねていったって」

「はい。こちらではそれを誕生日に行うのだと思っていたのですが」

「違うんです。こっちでは生まれた瞬間は『0歳』なんです。
最初の誕生日が来て、やっと1歳になるから……」

「……私の年齢は、ずれていると?」

あかねは無言で首を縦に振った。




「……ということは、私と神子殿は2つ違いだったのですね。驚きました」

「天真くんとなんて1個違いですよ!
……って、そうじゃなくて、届け出とか変更したほうがよくないですか?」

「?」

なぜ、たった1つの年齢の違いにそんなにこだわるのか、鷹通はわかりかねて首を傾げる。

あかねは頬を上気させて言葉を継いだ。

「だって鷹通さん、ほかの人より年上なのを気にしてたから。
大学も飛び級で卒業するって。

1年でも歳が戻れば、ちゃんと4年間通えるでしょう?」

「…!」




あかねの言葉に目を見開いた後、鷹通はいきなり真っ赤になった。

「……鷹通さん…?」

「あ、あの、神子ど…、いえ、あかねさんにそんなに気を遣わせているとは気づきませんでした。
も、申し訳ありません。いえ、その、問題は年齢ではないのです」

「??」

顔いっぱいに疑問符を浮かべて見つめるあかねから目をそらすと、鷹通は赤くなったまま
「問題は……その、早く自立したいということで……」とつぶやく。

「? 詩紋くんのおじい様の家を出たいっていうことですか?」

「もちろんそれもあります。いつまでもご迷惑をおかけするわけには参りませんから。
ただ、私は……」




一度目を閉じたあと、決意したようにこちらを振り向くと、あかねの手を両手で包んだ。

「……あなたを妻とすることができる資格を……一日も早く得たいのです」

「!!!!」

今度、首まで赤くなったのはあかねのほうだった。

「た、鷹み……」

「一人で先走って申し訳ありません。ただ、それが私の偽らざる気持ちです。
もちろんその時点で、あなたのお心が変わっていなければ、ですが」

「か、変わるわけ…! じゃなくて、そんなことのために大学を早く出ようとしていたんですか?」

「『そんなこと』ではありません。私にとっては大切なことです」

「……!」

二人でゆでダコのように赤くなって、しばらく見つめ合う。




しかしすぐに、鷹通はあかねの手を離して苦笑した。

「……と、こちらに来てすぐは思っておりました」

「え」

「本当に、我ながらあきれるほど身勝手で……
その上、あなたにそのような気遣いまでさせていたとは……」

「……鷹通さん?」




鷹通は、自分の前の紅茶を一口飲むと、あかねに微笑みかける。

「私のいた世界は女性の生き方の選択肢がとても少なく、
愛する方がいればその方を妻に迎えるのが男子として当然の務めでした。

けれどこの世界は違うのですね。
女性はもっと自由に、さまざまな生き方を選択できる。あかねさんも同じです。

一刻も早く妻に……というのは、この世界にはなじまない考え方のようです」





無言のままのあかねを見て、鷹通は目を伏せ、言葉を続ける。

「ですからもっとゆっくりと……。

あなたが大学を出て、就職をして、広い世界の方たちと交流して、
それでもお心が変わらなければと、最近は思うようになりました」

それでもし、あかねの心がほかの男性に移ったとしても、自分は耐えるしかないと鷹通は覚悟しているようだった。




「……私は……私は、あんまり待ってもらいたくないです…」

遠慮がちだが、はっきりとした声が響く。

鷹通が驚いて顔を上げると、あかねが赤い顔でうつむいていた。

「……あかねさん?」

「せっかく同じ世界に来て、鷹通さんとこうして会っているのに、
まだまだ足りない、もっともっとそばにいたい、
一緒の時間をずっと過ごしたいって、いつも思っちゃってるから……。

きっと、私のほうがずっと身勝手です」

「そのようなことは…!」




あかねは顔を上げ、鷹通の目をまっすぐ見つめると、かみしめるように言った。

「私の心は、鷹通さんの声に導かれて地上に戻ったとき、もう決まっていたんです。

鷹通さんと一緒にいたい。
それが京であっても、こちらの世界であっても、ずっと離れずに、いつまでも二人で」

「あかねさん……」

神子だったころと同じ、強い意志のこもった眼差し。

万感の想いを込めて、鷹通は華奢な白い手を取る。




「では……なるべく早く、あなたの婚約者となれるよう努力いたします。
お父上にもお会いして、正式にお願いしましょう」

「お父さん、鷹通さんから逃げ回ってますからね。きっと予感があるんだと思います」

「掌中の珠を奪う男に、そうそう心は許せないでしょう。
できれば杯を傾けながら、じっくりお話したいものです」




「あ!」

急に声を上げたあかねに、鷹通は驚いて手を離す。

「あかねさん?」

「鷹通さん、ダメです」

「はい?」

「飲酒…! 鷹通さん、まだ19歳なんですから」

「……あ! またそこに戻ってしまいましたか…」

「ふふ、ずーっと前から友雅さんと飲んでたことは内緒ですよ」

あかねはいたずらっぽく笑うと、唇に人差し指を立てた。

「承知いたしました」

鷹通も同じように人差し指を立てる。

明るい笑い声が弾け、何度目かの店内の注目を集めると、二人はようやく落ち着いて飲み物を楽しんだのだった。




非の打ち所のない交際相手に、あかねの父が白旗を上げるのは、それから2週間後。

鷹通の誕生パーティーの席でだった。









 

 
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