発熱2 (2/2)
「す、好きに決まってるじゃない! そう言ってるじゃない!」
「そう…ですね。でも俺、心のどこかでまだ信じてなかったのかな」
「どうして?」
振り向いて目を見たいのに、譲は腕を緩めてくれない。
「………」
短い沈黙の後、再び耳元で声がした。
「俺はあなたのことが、好きで好きでたまらなくて…。今思うと赤面するくらい、あなたの一挙手一投足に舞い上がったり、落ち込んだりしてました。微笑んでもらえれば、一日中うれしかったし、ほかの奴と楽しそうにしていると、地の底に落とされた気分になったし…」
「そうなの…?」
「それに気づかないのは先輩と九郎さんぐらいだ…って、朔が…」
ガーン。
(九郎さんと同じくらい鈍いのか、私!)
九郎が聞いても同じ反応をすると思われるが、望美はガックリと頭を落とした。
くすっと笑い声が聞こえる。
「でも……今日の先輩、その頃の俺みたいです」
「え?」
再び深く抱き締められる。
「だからうれしい。俺のこと、好きでいてくれるんだってわかるから」
「ゆ、譲くん…」
望美は、また頬が熱くなるのを感じた。
喜んだらいいのか、すねたらいいのか、照れたらいいのか……。
しばらく悩んだ後、「もう降りる」と言おうとして、触れた手が熱いことに気づいた。
耳元で聞こえる息づかいも、少し乱れている。
これは…。
「譲くん! 熱上がってるでしょ!」
強引に振り向いて、鼻と鼻がくっつきそうな近さで額に手を当てた。
「せ、先輩」
いきなりの接近に驚き、身体を引こうとするのをつかまえて額と額を付ける。
今度真っ赤になるのは、譲の番だった。
「やっぱり! ほら、すぐお布団に入って! 前に薬飲んだのは何時?」
望美に無理矢理寝かしつけられ、譲はやっと病人の顔を取り戻した。
「ええと……朝に飲んだだけ…かな。昼は食欲がなくて」
「駄目だよ! 食欲は健康の基本だよ!」
そう望美に断言されて、譲は思わず噴き出す。
「何?!」
「いえ…先輩は実践してるなと思って」
掛け布団を思い切り頭にかぶせられた。
その後、望美が持参した果物やプリン(買った)をいくつか口にし、薬を飲む。
春休みの予定や部活の話をしているうち、譲のまばたきが遅くなってきた。
「譲くん、そろそろ眠ったほうがいいよ。私は帰るから」
「でも…」
譲が思わず布団から伸ばした手を、望美はそっと握る。
「じゃあ……眠るまでそばにいるね」
「え、そんな…!」
「私ももう少し一緒にいたいから」
「先輩…」
握ったままの手を掛け布団の下に戻すと、ベッドの上に頬杖をついた。
望美に見つめられて、しばらく赤くなっていた譲は、やがて静かに寝息を立て始める。
(やっぱりかわいい……)
くすぐったいようなうれしさを感じながら、望美はその寝顔を見つめた。
やがて、握っていた手をそっと離し、立ち上がる。
自分の髪が譲の顔にかからないよう、軽くまとめて片手で押さえると、少し汗ばんだ額と頬にキスを落とした。
唇を通して、いつもより高い体温が伝わってくる。
(ゆっくり休んでね、譲くん)
望美は来た時と同様に静かにドアを開け、部屋から抜け出した。
* * *
階段を下りたところで、バイトから帰ってきた将臣にバッタリ出くわす。
「お、見舞いか? もう帰るのか?」
「うん。譲くん眠ってるから、静かにしてね」
「またうつされてねえだろうな」
意味ありげに将臣が言う。
「大丈夫だよ! もう、将臣君のエッチ!」
ぷいっと背を向けて、玄関で靴を履く望美に
「どうだか。ほっぺにチュウくらいはしてきたんじゃねえか?」
と将臣の声がかかる。
途端にカーーーッ!!と耳が赤くなった。
「あれ…図星」
勢いよく望美が振り向く。
「ゆ、譲くんには絶対内緒だからね!」
「おまえ、また寝込みを襲ったのか。懲りてねえな」
「変な言い方しないでよ!!」
投げつけるように言うと、玄関のドアを開けて走り去る。
幼い頃に続き、また新たな口止めをされた将臣は、頭をかきながらつぶやいた。
「……言ってやったほうが喜ぶと思うんだけどな、譲……」
望美との約束をとるか、弟の幸福をとるか、優しい兄の悩みは尽きないのだった。
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