現代人トーク2 ( 2 / 2 )
「…あんた、いい奴だな」
しばらくしてから、将臣が言った。
「はい?」
「譲も……将来、あんたみたいな人間になってくれるといいんだが…」
「私などとても……。将臣殿は、弟思いでいらっしゃるのですね」
将臣は目を伏せて笑った。
「たった一人の弟だからな。まあ、あいつにとっては俺みたいな兄貴、邪魔でしかないんだろうが」
「そのようなことはないでしょう」
幸鷹が穏やかに微笑む。
「譲殿の態度は、愛情があってこそだと思いますよ。誰でも、自分にない資質、身につけようがない才をもっている人間が身近にいて、自分に越えられない境界を軽々と越えていたりすれば、多少反抗的になるものです。けれど決して、相手を嫌っているわけではなく……」
そこまで言って、幸鷹は唐突に口を閉じる。
将臣がまじまじと見つめていた。
「………………なんか、表現が妙にリアルだな」
「………………そうですね…」
言った幸鷹も戸惑っている。
やがて、苦笑しながらため息をついた。
「…なるほど。そう思っていたのですね」
「……もしかして、翡翠か?」
黙って目を伏せる。
「……困った方だとは思っていたのですが」
「いいコンビじゃねえか」
ぱーんと将臣に背中を叩かれて、幸鷹は思わず身をそらす。
「結構、ショックでした」
「はは、幸鷹、おまえさ。現代語のほうが本音がするっと出るのな」
将臣はうれしそうに笑った。
「……そういえば、神子殿にも同じことを言われました」
「おまえの神子? 花梨…だったか?」
「ええ。私は英語で話しているときのほうが、素直なのだそうです」
「…って、おまえら英語で話してるのか?!」
「はい。時折、神子殿のレッスンを兼ねて…。もちろんごく初歩的な会話ですが」
あっさりと言う幸鷹の顔を見ながら、将臣は思った。
(望美、こいつがおまえの八葉じゃなくてよかったな!)
(どういう意味よ!)
望美の声が聞こえたような気がした。
「よし、じゃあそろそろ戻るか」
ひとつ伸びをして将臣が言う。
「そうですね」
二人で庭園の小道を辿りながら、将臣が尋ねる。
「幸鷹、おまえ15ってことは、中学生のときにこっちに来たのか?」
「いえ。私は学校を飛び級して15で大学を卒業しましたので」
「…………」
「イギリスの大学院で物理学の研究を進める予定でした。学問を半ばで諦めたのは、心残りですが」
「…………」
(望美、ほんっとうによかったな! 譲が天の白虎で!!!)
将臣は心の中で大きく叫んでいた。
* * *
「あ! 将臣くん! ちょうどよかった! 教えて〜!!」
邸の広間に入った途端、望美がパタパタと駆け寄ってくる。
「あん?」
「私、『鷹』っていう字、書けないの〜!!」
でっかい声で言った後、後ろの幸鷹に気づいて望美が両手で口を押さえる。
「うわっ…!」
「あ〜あ」と落ち込む将臣の肩越しに、穏やかな声が聞こえた。
「私でよろしければ、書いて差し上げますよ、神子殿。ほかにお知りになりたい文字はありますか? 『翡翠』?」
「ヒスイって漢字なんですか?」
カチャッと眼鏡のブリッジを上げる音が響く。
「では、漢字のレッスンを始めましょうか」
「…は?」
幸鷹に「連行」される望美の後ろ姿を見ながら、「ありゃ〜長引くぞ」と、将臣はつぶやくのだった。
|