冬はやっぱり… ( 2 / 3 )
「さすが陛下、昨年のお約束を違えず、見事に『にぎやかな誕生祝い』を実現されましたね」
忍人には悪意しか感じられない笑顔を満面に浮かべて、柊が言った。
「これでも警備の都合上、かなり絞ったんですけどねえ」
頭をかきながら暢気に笑って、風早が言い添える。
「お前たちには千尋を止めるという機能は備わっていないのか!」と心の中で罵りつつも、忍人は何とか無言を貫いた。
何せ隣にいる新妻は、頬をバラ色に上気させてうれしそうに微笑んでいる。
(((彼女の笑顔が何よりも大切)))
3人の価値観は、この点で見事に一致していた。
「……それで……これはいったいどういう趣向なんだ? 千尋」
会場をひととおり見渡した後、忍人が尋ねる。
「それは忍人さん、冬と言えばやっぱりこれなんですよ!」
風早と千尋、なぜか柊までが視線を交わし、いっせいに口を開いた。
「「「鍋パーティ!」」」
「…………なべ……?」
「各集団の中央に炉があって、土器が置いてあるのが見えるでしょう? あれで思い思いの具を煮るのです」
柊の説明は理解できたが、その意味する所がわからない。
「……それが?」
「やってみればわかりますよ、忍人。各班とも自慢の食材を持ってきていますからね。千尋と二人で順番に回って、挨拶がてら試食してください」
「忍人さん、行きましょう!」
風早にせかされ、千尋に手を取られて、忍人は一番近くで「鍋」を囲んでいる集団に近づいた。
「おや、忍人、最初にここに来るとはいい心がけだね」
「師君、それは……何ですか」
炉の上では、白く濁った汁の中でたくさんの具が泳いでいる。
忍人の問い掛けに、岩長姫は上機嫌で答えた。
「んなもん知るかい! 適当に野菜や肉を放り込んで、酒を嫌ってほど入れたのさ」
「嫌って……」
思わず絶句する忍人の横から、風早がひょいと顔を出した。
「ああ、酒鍋ですね。師君、一度火をつけて酒の気を飛ばしたほうがおいしいと思いますよ」
「何言ってるんだい! せっかくの酒を飛ばしちまったら」
突然、鍋から火の手が高く上がる。
「「「!!」」」
全員があわてて鍋から飛び退いた。
「酒はいくらでも直接飲めばよろしいでしょう。これは料理なのですから、味を整えるほうが大切です。さあ陛下、どうぞこちらをお召し上がりください」
火が収まった鍋から、手早く具を器に盛ったのは狭井君だった。
「この女、あたしを焼き殺す気かい!」
「火を通したところで、たいしておいしくなりそうにありませんね」
「あんたほど脂がのってないからね!」
「さ、狭井君、岩長姫、ありがとう。これ、忍人さんと一緒にいただきますね」
陰険な漫才を始めた古狸二人から、若夫婦はそそくさと逃げ出した。
次の一団は狗奴の兵士たち。
鍋の中でグツグツとおいしそうに煮えているのは……
「うわあ、松茸だ!!」
「松……?」
声を上げて喜んだ千尋に忍人が不思議そうに問い掛ける。
「松茸って、私がいた世界ではすごく高級品だったんですよ! ええっ? 舞茸やしめじに、なめこまで?! すごい! 懐かしい!!」
「那岐が、こういう食べ物は姫様……陛下が喜ぶって教えてくれたんだ! 俺たちは鼻がきくから、たくさん見つけられたぞ」
得意そうに尻尾を振りながら足往が器にきのこを盛りつける。
もちろん、忍人用にもたっぷりと。
「忍人様、どうぞ! お誕生日おめでとうございます!」
「ああ、すまない」
少しとまどいつつも、かすかに微笑んで器を受け取った。
「どうせなら那岐もここで一緒に食べればいいのに」
会場をキョロキョロと見回しながら、千尋が言う。
「那岐はきのこをたくさん持って行ったぞ。どこかで別の鍋をやってるんじゃないか?」
そう答えた足往も一緒になって探したが、会場内に那岐の姿は見当たらなかった。
「また昼寝してるのかなあ」
「……!」
同じく会場内を見回していた忍人の身体が、突然強ばる。
「忍人さん?」
「……千尋、君は本当に呼んだのか……」
「忍人」
「婚礼の儀式以来ですね。その後変わりはありませんか」
「義父上、母上……」
葛城の里から駆けつけた両親と兄弟の姿を見つけて、さすがの忍人も言葉を失った。
母が再婚した後、ほどなく岩長姫の門下に入ったため、忍人自身に義父や兄弟との交流はあまりない。だが、11歳まで育ててくれた母への思いは、格別なものがあった。
彼女は忍人が慣れ親しんだ故郷の食材を器に盛りつけると、若い二人に差し出して微笑む。
「陛下が暮らされた世界には、このような祝いがあるのですね。私も久々に、忍人を生んだころのことを思い出しました」
「は、母上……!」
「忍人さんはどんな赤ちゃんだったんですか?」
千尋は目を輝かせて身を乗り出した。
「元気に泣く子で、最初のうちは夜泣きもひどかったんですが」
「は、母上! どうかそれ以上は!!」
真っ赤になった大将軍……という珍しいものを見られたので、千尋はそこまでで満足することにした。
葛城の一族に丁寧に挨拶すると、次の鍋へと向かう。
夕霧の作った「美肌鍋」。
効能は確かかもしれないが、得体の知れない漢方薬をありったけ煮込んだ鍋は、世にも恐ろしげな色と姿をしていた。
グツグツグツグツ。
ボコンボコンボコン。
「で、でも、これを食べればきれいになれるなら、私……!!」
「待て、千尋! 君はこれ以上きれいになる必要などない!」
「だって忍人さんが喜んでくれるなら……」
「今の君はこれ以上ないほどに美しい。美しすぎて……ときどき困るくらいだ」
「お、忍人さん……」
などという公開ノロケ合戦の末、国王夫妻の試食は見送られた。
「あらぁ、いけずやなあ。ほんなら…ふふっ、普段から肌の露出が多いあんたらに、たーっぷり食べてもらいまひょ」
「「え、ええっっ?!??」」
しばらく後、空になった鍋の横には、サザキと布都彦の骸(になりかけた身体)があったという……(カリガネは厚着なのでセーフ)。
「すごいすごい! カレーなんて久しぶり!!」
千尋がはしゃいだ声を出したのは、常世から来た黒雷の一行の前でだった。
「カレー? とやらが何かは知らんが、常世の貴重な調味料をふんだんに使った鍋だ、ありがたく味わえ」
アシュが超・上から目線で、得意そうに言う。
数多くのスパイスを調合して作ったスープは、確かに千尋の知るカレーによく似ていた。
「兄様ったら、全部リブに支度させておいて、偉そうだなあ」
その様子を見て呆れるシャニに、リブが微笑みかけた。
「や、料理は殿下より私のほうが得意ですから。適材適所です」
「じゃあ兄様は何をやってるの?」
「殿下は……そうですね、大切な『宣伝活動』を」
「リブ、自分で信じてないことを、僕に信じさせようとしても無駄だよ」
「結構辛いな……」
ひと口食べた忍人は顔をしかめた。
「そうか、忍人さん甘いもの好きだから」
「千尋……!」
重要な秘密をダダ漏れさせそうな妻に、忍人はガンを飛ばす。
「そもそも戦の最中は、岩塩をかじる以外、味などない食事が多かったんだ」
「それは気の毒に。俺は前線でもリブに茶をいれさせていたぞ」
アシュがにやりと笑いながら忍人を挑発した。
「!!」
一瞬、旧敵同士の瞳に火花が散る。
「そういえば、私も船の中でよく豆茶をいれてもらったね、風早」
ちょうど近づいてきた風早に、千尋がうれしそうに声をかけた。
張りつめた空気が、にわかに弛緩する。
風早はにっこりと微笑んだ。
「ええ。千尋が望むなら、俺はたとえ戦闘中でも茶を持って参上しますよ」
「そんな真似だけはやめてくれ」
不本意にも頭の中にありありと浮かんだ情景(弓をひく千尋の横にひざまずき、茶を捧げ持つ風早)を打ち消しながら、忍人が嘆息した。
千尋がクスクス笑う。
突然、風早がパンと手を打ち鳴らした。
「さ〜て、本日の主役の忍人と千尋には、ちょっとしたサプライズを用意したんだ。二人とも、俺についてきてくれるかな」
「え? 何?」
「わざとそういう言葉を使っているな、風早」
「忍人にも少しはこういう語彙を増やしてもらわないと。ね、千尋」
風早は千尋に目くばせすると、先に立って歩き出した。
「サプライズ」の意味を説明しながら、千尋と忍人は広間を後にする。
風早が向かったのは---------
橿原宮の中にある那岐の暮らす部屋だった。
「那岐……の? え? 中にいるの?」
「ええ。ゆっくりとドアを開いてください」
促されて、開いたドアの向こうには……。
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