2人の白虎(2) ( 4 / 4 )
「今日はお話しできてとてもうれしかったです。お時間を割いていただいてありがとうございました」
とっぷりと日が暮れた京都の町の、幸鷹たちが宿泊するホテルのロビーで、鷹通はあらためて礼を言った。
「こちらこそ。大変実りの多い時間でした」
幸鷹も笑顔で応える。
「花梨ちゃん、いつでもメールちょうだいね」
「うん! 今夜早速送ってもいい?」
「もちろん!」
すっかり意気投合したあかねと花梨は、男性二人を置いてきぼりにしてキャッキャとはしゃいでいる。
苦笑しつつも、「あの世界での思い出を語れる相手ができて、よかった」と幸鷹が言うと、「私も機会をあらためて、律令制や租税について幸鷹殿とお話できればうれしく存じます」と鷹通が目を輝かせた。
根っから真面目な青年らしい。
「私でよろしければ、いつでも」
「はい、ありがとうございます」
まっすぐな反応に、思わず笑みがこぼれる。
翡翠に似た性格だったという地の白虎は、さぞかしからかいがいがあったことだろう。
何度も別れを惜しみながら、鷹通とあかねはホテルを後にした。
「さて、それではそろそろ部屋に行きましょうか」
「はい」
フロントでそれぞれチェックインを済ませ、カードキーを手にエレベーターに乗り込む。
一泊旅行なので、二人ともたいした荷物は持っていなかった。
「せっかく来たのに一泊だけってちょっともったいないですね」
「今度は学校が休みのときに参りましょう。ああ、もちろん受験が終わってから」
「そ、それを言わないでください!」
花梨がプクッと膨れる。
幸鷹は口元を隠しながら、くすくすと笑った。
ドアを開けて入った客室は、予想以上に広い。
部屋の設備をひととおり見て回った後、幸鷹は花梨に告げた。
「私は隣りの部屋にいますから、何かあったらそこの内線でも携帯でも、何なら壁を叩いてでも結構ですから知らせてください」
「そ、そんなに慌てて呼ぶ必要とかありますか?」
「そうですね……部屋に何か出たとか?」
さっと顔色を変えた花梨を、幸鷹は笑いながら抱きしめる。
「冗談です。怨霊をさんざん封印してきた神子殿に、恐れるものなどないでしょう?」
「あります~! 幽霊は怖いです!」
腕の中で暴れる花梨を愛おしそうに見つめると、幸鷹は再び口を開いた。
「……私もできればこのままそばでお守りしたい。けれど、旅行を許可してくださったあなたのご両親とのお約束ですから」
「はい……」
「やっぱりあかね殿がうらやましいですか?」
「そ、そんなことないです! さっきはごめんなさい」
花梨は顔を真っ赤にして幸鷹に謝った。
「いいえ、こちらの世界で私たちの歳の差が大きいのはわかっています。けれど、鷹通殿は鷹通殿でいろいろと葛藤を抱えているようですよ」
「え……?」
きょとんと見上げる花梨に微笑みかける。
「彼はおそらく大学を卒業して経済的に自立するまで、あかね殿と婚約すべきでないと思っているはずです。だから飛び級までして一刻も早く社会に出たいのでしょう」
「それ、鷹通さんから聞いたんですか?」
「いえ、同じ天の白虎としての勘です」
「勘……」
花梨は幸鷹の顔をじっと見つめた後、こくんと頷いた。
「……わかる気がします。そういうところ、とっても真面目に考えるんだろうなって」
「そしてあかね殿は、そういうところまで含めて鷹通殿を慕っている……?」
「当たり前です!」
きっぱりと言い切った花梨を、幸鷹はもう一度抱きしめた。
「ならばその天の白虎は、この上ない幸せものですね」
「天の白虎も、龍神の神子も、両方ともとっても幸せです、絶対に……!」
しばらく後、自室に戻った幸鷹は、自分の自制心の強さに心から感謝した。
あんなにかわいらしくて、美しく愛おしい存在を腕から解き放つことができたのだから。
まだまだ続くであろう自制の日々に軽いめまいを覚えながら、部屋のカーテンを開く。
漆黒の闇に包まれていた京と異なり、地上に降りた星々が京都の夜を明るく照らし出していた。
どちらがどうとは決して言えない。
あの世界に残る道を選んでも、こうして帰ってきても、喪失感を覚えるのは仕方のないことなのだろう。
けれど自分は、花梨のいない世界を選ぶことはできない。
それだけは今、断言できる。
同じ思いを抱いているはずの、もう一人の天の白虎を透かし見るように、幸鷹は窓外の夜景を見つめ続けていた。
今度は彼と二人きりで、話してみるのもいいだろう……。
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