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二人きりの誕生日 ( 2 / 3 )

 



「譲くん!」

真っ白なレースをあしらったワンピースを翻して、望美が自宅の玄関から駆け出して来る。

夜目にフワリと浮かび上がるその姿は、「白龍の神子」と彼女が呼ばれた時代を思い出させて、少しだけ譲を不安にさせた。

誰にも渡さない、どこにも行かせない。

そんな想いを込めて、必要以上に強く彼女を抱きとめる。

「譲くん?」

胸の中に囚われた望美が、不思議そうな声を出した。

「先輩、そんなきれいな格好で来るなんて……俺、不意を突かれてしまって……」

「えへへ、新作のお披露目だよ。似合うかな?」

生き生きと輝く瞳が、頬を上気させた譲の顔を見上げた。

「とっても……。それだけで、もう十分なプレゼントをもらった気分です」

「譲くんったら、相変わらずオーバーだなあ」

望美はにこにこ笑うと譲の腕に自分の腕を絡め、有川家へと歩き出す。

譲はいつでも本心を言っているのだが、望美は謙虚なのか鈍感なのか、それともその両方なのか、いまひとつピンと来ないようだった。

そこがまた望美らしくていい、と譲は思うのだが。




門を入って広い庭へと向かう。

蔵の入り口には、灯を点したランタンが置かれていた。

「あれ、この蔵、電気つかなかったっけ?」

「つきますけど思いっきり蛍光灯なんで、一応こういう灯りを用意してみました。中はエアコンがきいてるから、暑くないですよ」

蔵戸を開けながら譲が言う。

言葉通り、蔵の中からは涼しい風が吹いてきた。

「うわあ、快適!」

「そこのラグの上に座ってください」

小さなテーブルと、クッションがいくつか置かれた一角を譲が指し示す。

ランタンの暖かい光に照らされた蔵の中は、まるで別世界のようだった。

内部はきちんと整理され、埃臭さも感じられない。

事前にしっかりと掃除されたことがわかる。




「譲くん、ここの準備するのにすごい時間かけたんじゃない?」

テーブルに出されたアイスティーを見ながら、望美が尋ねた。

「先輩こそ、美容院に行ってきたんじゃないですか? 髪がすごくきれいです」

隣に座ると、譲は彼女の髪に軽く触れる。

「あ、バレた?」

ドキンと鼓動を跳ねさせながら、望美は舌を出した。

「試験準備のほうが、ちょっと心配になりました」

「大丈夫だよ、高校までの暗記系試験とは違うから」

明るく笑いながらも、この薄暗い空間で譲のすぐそばに座っていることにドキドキする。

電気のないあの世界では、とてもよくあったシチュエーションなのに。




携帯をチラリと見ると、もうすぐ午前零時だった。

いよいよ誕生日。

望美ははやる心を抑えながらきちんと座り直す。

「プレゼントは日付が変わってからのほうがいいよね?」

当たり前のことを尋ねて、気を紛らわせようと思ったのに

「ああ、はい、そうですね。……いや……」

なぜか譲の歯切れが悪かった。

「? どうしたの? 譲くん」

「いや、その……ちょっとだけ……早くもらってもいいですか?」

「え? うん。いいけど……?」

「?」を浮かべながら、望美が持ってきたショッピングバッグに手を伸ばそうとすると、

「いえ、そっちじゃなくて」

と、不意に肩を抱き寄せられた。

「……え?!」

「……先輩、今日は俺のために時間を取ってくれて、本当にありがとうございます」

真正面に譲の顔がある。

真剣な、まっすぐな眼差し。

「譲く……?」

言葉を最後まで言う前に譲が眼鏡を外し、互いの唇が重なった。

蔵の中は、突然静寂に包まれる。




甘く。

優しく。

愛おしさをありったけこめて。

最初は強ばっていた望美の身体の緊張が徐々にほぐれ、口づけの合間に吐息が洩れる。

お互いの熱さに夢中になりながら、言葉のない会話が長く続いた。

(大好き)

(俺もです)

(ずっと一緒にいてね)

(絶対に離しません)






 
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