『遙かなる時空の中で4』

忍人×千尋

 


2012年文月・地




「姫さんと忍人を見てると、無愛想な黒犬に子犬がじゃれついてるみたいだな」

「そうですか? 俺には黒犬もちぎれんばかりに尻尾を振ってるのが見えますよ。

二人きりの時は千尋を傍から離さないし、いやあ、熱いな~」

「…何でそんなことまで知ってるんだ?」

「従者ですから!」




不器用

「風早、忍人と姫さん、またケンカか」

「千尋が視察の経路を急に変えたので…」

「『君が心配なんだ!』って素直に言えばいいものを、すぐ説教するからな~」

「あ、抱きついた」

「さすが姫さん!」

「覗き見してるだけのあんたたちもそうとう不器用だけどね」

「「那岐!」」






長椅子で休む忍人の顔に、そよそよと風が当たった。

「…千尋?」

「そのまま休んでいてください」

「それは?」

「扇子って言って、風を送る道具です。風早が作ってくれたんですよ」

忍人は扇ごと千尋を引き寄せ、その影で軽く口付ける。

「…なるほど、便利だな」

「もう!///」







「まったく君は危なっかしいな」

呆れた声とともに、腕をぐいと引かれる。

「忍人さん」

「警護の面倒を省かせてもらう」

祭りの人ごみの中、しっかりと繋がれた手に頬が熱くなる。

「あ、あれは何でしょう?」

「まだ食べるつもりか?」

あなたの顔に微かに笑みが浮かんだ気がした。





2012年葉月・天




初めて逆上がりができた日、クラスで絵をほめられた日、

どこで知ったのか風早は赤飯を炊いて祝ってくれた。

が。

「……赤飯?」

「似たようなもの、ですけど」

「でも何で?」

「何言ってるんです。忍人と初キス…」

「やめて~っ!! ていうかどこで知ったのよ、もう~っ!!」






「食べるか」

風早の後ろで小さくなっている少女に餅を差し出すと、おそるおそる口に運び「おいしい」と微笑んだ。

あれもこんな祭りの夜だった。

「そういえば昔から餅は好きだったな…」

見違えるように明るく笑うようになった二ノ姫の口元を拭いながら、俺はひとり呟く。





いきなり伸ばされた手が唇に触れた。

こんなに近くで忍人さんの顔を見るのは初めてで、勝手に頬が熱くなる。

「まったく、君は子供みたいだな」

微かな苦笑が、遠い日の記憶と重なる。

世界のすべてに怯えていたころ、差し出された小さな希望。

…私はあなたを知っている…? 






たとえば絵具を塗り重ねるとき。

下に隠れた色は消えたように見えて、上の色に明らかな影響を及ぼす。

ならば今、目の前に立つあなたへの溢れるような想いは、失われた記憶に源泉があるの?

ただ一つ確かなのは、繋いだこの手を絶対に離してはいけないということ。




手紙

「今日は稲穂の金を見て陛下を思っておられました」

「簪が欲しそうだったので俺が代わりに手に入れました」

「空がきれいだと言っていたので、多分陛下の瞳を…」

何も言わないあなたの代わりに、遠征先から狗奴たちが送ってくる報告。

笑いながらも、会いたさが募っていく。





2012年葉月・地




「酒の席には芸がつきものだ。風早、柊、忍人、何かおやり!」

「師君、俺、最近歌ってないので」

「私は机を叩いて拍子を取ります。、踊りは忍人が」

「…(怒)剣舞でよければ。だが、見物人が生き残れる保証はないぞ」

「(焦)は、はい! 一番、葦原千尋、校歌歌いますっ!」




散る

「どうした?」

勝手に頬を伝いだした涙に、忍人さんが驚く。

「わからないけど、胸がつぶれそうに辛くて」

「千尋」

ぎゅっと抱きしめ、長い指で涙を拭ってくれる。

「泣く必要などない。俺がいる」

温かく優しい声。

舞い散る桜の中、苦しみの螺旋がついに途切れたのだと知る。






「起きたか」

「…忍人さん?」

「誰かが君に酒を飲ませたらしい。風早は先に潰れていたので、俺が部屋に運んだ」

「喉渇いた…」

「ああ、水か。ほら」

「飲ませて」

「千尋? まさか…」

「忍人さん、だ~いすき!」

「まだ酔っ払っているのか!」

「飲ませて~」

「…後で怒るなよ」




欠伸

「3度目だな」

忍人さんに言われてはっとする。

欠伸の回数。

「すみません。気を引き締めます」

「…」

私から竹簡を取り上げ、「少し眠ったほうがいい。我慢にも限界がある」と立ち上がる。

「忍人さん」

「外で警護する」

「でも」

「ではここで」

ストンと横に座られて目を白黒。





「あ、あの?」

「肩を貸す。次の予定まで仮眠しろ」

「でも重いんじゃ…」

「そこまでやわじゃない」

おずおずと頭を預け、目を閉じると自然と欠伸が出てきた。

「ありがとうござ…」

お礼の途中で意識が途切れる。

「…これくらいしかできないからな」

低い声が聞こえた気がした。









 

 
素材提供:うさぎの青ガラスさま