『遙かなる時空の中で4』
忍人×千尋
2012年卯月・地
焦
橿原宮を必死で駆ける。
もっと早く片付いていたはずの政務を恨みながら、傍らの風早を追い抜く勢いで。
今日を逃すとひと月は会えない。
扉の先にやっと見つけた濃藍の背中。
「…陛下?」
「い、行ってらっしゃい! ご無事で!」
呆れたように見開かれた瞳が、ふっと優しくなった。
油断
姫を狙った刃を打ち払う呼吸がわずかにずれた。
血を噴く腕をかばいながら振り向くと、自身が傷を負ったのかと思うくらい蒼白な顔。
「忍人さん!」
やめてくれ、君の涙のほうが痛い。
武人の負傷など気にかけるなと、何度言っても君は聞かない。
二度と油断はすまいと誓った。
添
【風早視点】
花の咲く木をしばらく見上げていた忍人が、剣を抜いて一枝切り落とした。
それを、千尋に果物を届けに行く遠夜に渡している。
口止めしたようだけど、きっと遠夜は花を添えた人物の名を伝えると思うよ。
まったく、君が自分で渡せるようになるのはいつごろなんだろうね。
2012年皐月・天
独占
俺を待ちくたびれて眠ってしまった君を寝台に運びながら、
その寝顔が安らかなことに安堵する。
起こしてほしかったと明日は拗ねるんだろうな。
生まれたての国はまだ不安定で、二人きりでいられる時間はごくわずかだ。
だがこうして君を見つめ、触れられることを俺は何よりも…。
膨
「君はいったい何人不審者を船に招き入れれば気が済むんだ」
「不審者じゃありません。仲間です」
「命を狙う輩も当然潜んでいる」 「忍人さんには迷惑かけませんから」
「そうじゃない!」 「え」
「俺を傍から離すな。一人には絶対にさせん」 「は、はい」
「…赤くなる必要はない」
裏切られ、仲間を失い、どこに向かって進んでいるのかさえわからなかった。
それほどの闇が、世間知らずの少女に払えるわけなどない。
だが、気づけば皆の胸には少しずつ希望が芽生え、期待が膨らみ始めている。
馬鹿な。俺は。
「…君に期待しているんだ」
…何を言っているんだ?
尽
「国に尽くすっていうのは、倒れるまで働くことじゃないんですよ、千尋」
「はい…」
「継続できる働き方をしなきゃ、結局皆に迷惑かけちゃうでしょう?」
「ごめんなさい、風早」
「君もひと事じゃないですよ、忍人」
「…え?」
「見舞いに来たならとっとと入ってきてください」
「千尋、国に尽くすというのは、限界まで消耗することではない」
「はい」
「余力を残さなければ、非常事態にも対応できな……風早! 何で俺にこんな説教をさせる?」
「一言一言が身に沁みるでしょう?」
「本当に気をつけてくださいね、忍人さん」
「過労で倒れた君が言うな」
辛
「命を泡沫などに例えるな」
柊との会話で忍人さんが言った。
「産んだ母も、育てた人もいるんだ、消えていいわけなどない」
今、出雲の野で新兵を鍛える姿にあの時の言葉が重なる。
ならば私は、自分自身に無頓着なあなたをこの国ごと守ろう。
胸に芽生えた密かな想いとともに。
2012年皐月・地
飴と鞭
「あんなに怖いのに、忍人さんって部下に慕われてるよね。なんで?」
私の問いに足往が目を丸くした。
「姫様はまだ忍人様のことを知らないんだな」
あの時は意味がわからなかったけど。
「千尋?」
今、手を差し伸べてくれるあなたを好きで好きでたまらない。
…何かずるいよ。
根比べ
あらゆる面で資質を欠いた少女だった。
叱咤し、挑発し、俺があきらめるのが先か、彼女が音を上げるのが先か、
いずれにせよ王に戴くことはないと思っていた。
さまざまな経験を重ねた今でも、本質は大して変わっていない。
変わらなくてよかったと……心から思う。
王となったからには忍人さんに言われたとおり、政務に励み、勝手な行動で皆に心配をかけず、
式典や儀礼にも通じなければ、と必死で努力したのに、久々に会った彼の表情は暗かった。
「……俺の負けだ」
え?
「少しくらい怠けてもいい、俺のための時間を取ってくれ」
!?
桃色
「何が悪い」
「嫌なんです、とにかく」
「君の世界での意味は知らんが、ここでは単に色の名だ。支障はない」
「桜色って言ってください!」
「それは色が違う!」
「…風早、我が君は何を怒っておいでです?」
「いや、忍人が千尋の衣装の『桃色』をほめたらしくて…」
「はあ?」
溺
やっぱり泉での水浴びは気持ちいい。
今日は忍人さんが岩陰で護衛してくれているから…と安心した途端、深みに足を取られた。
「二ノ姫!」
悲鳴を聞きつけてすぐに水から助け上げてくれた。
けど……。
こ、この状況をどうすればいいのか、私にはわからない…////。
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