『遙かなる時空の中で3』

譲×望美

 

2012年長月・天


ごめん


「ごめんね、譲くん」

うたた寝している横顔にそっと話しかける。

一度目は燃える京で、二度目は屋島であなたを失った。

三度目の今、ようやく生きているあなたと鎌倉に帰れる。

でも、二度の過ちで失った命が戻るわけじゃないから。

せめて今のあなたを、精一杯幸せにしたい。





「ごめん、兄さん」

先輩の笑顔を見るたび、共にいる幸せを感じるたび、心のどこかで謝っている。

俺には絶対できない選択をして、あの世界に残った人。

本当は誰よりも強く、傍らにいることを願っていたはずなのに。

だから俺は、俺たち二人の永遠の満月をすべてを賭けて守る。





「「ごめん」」

二人揃って不景気な顔で夢に出てきやがった。

謝ることなんか一つもねえだろう。

きっかけが何であれ、すべての運命は俺が自分で選び取ったものだ。

ベスト…とは言えねえが、後悔はないぜ。

あとはお前らが笑って過ごしてくれれば、俺はそれ以上何も望まねえよ






「氷の王子?」

「譲のあだ名らしいぜ。アプローチしてくる女子を片っ端から拒否るって」

「え~? 冷たい譲くんとか、想像つかない!」

「お前はな」

「でもモテるんだね。私、告白とかされたことないよ」

「お前の『有川兄弟ブロック』は有名だから…」

「へ?」

「何でもねえ」





「どうしたの?」

ため息をつく望美に朔が尋ねた。

「譲くんに断られちゃった」

「え? 何を?」

「昼寝中、私が手を握ったら、譲くん、うなされなかったの。

だから今夜からは一緒に寝ようって」

「の、望美!!」

「あんなに全力で拒否しなくても、ねえ」

「気の毒に…譲殿……」






私の顎に手を添えると、とても優しく微笑んでそっと顔を傾ける。

接近する瞳。

「!? せ、先輩、薄目あけてますね?!」

「だって、どんな顔でキスするか見たくて」

「やめてください」

「え~、でもすごく素敵…」

次の瞬間、大きな手のひらが目を覆い、唇が優しく塞がれた。






「スミレの種ははじけて飛ぶので、あちこちで芽吹くんですよ。

小さくて地味な花だけど、結構たくましい。そんなところに親しみがわきます」

「譲くんに少し似てるかな?」

「それは…どうでしょう」

「じゃあきっと、譲くん、将来は子だくさんだね!」

ガタガタガタッ!

「あれ?」





2012年長月・地




「九郎さんって、雷の技使うよね」

「そうですね」

「だからガミガミ怒るのかな。でも私、雷って全然平気で」

「子供のころ喜んで眺めてましたよね」

「『お前には反省が見えん! 廊下に正座!』はないよね~。

つきあわせてごめんね、譲くん」

「いえ、俺も雷、好きになりそうです」






感情が暴発して、思わず縮めてしまった距離。

告げることを諦めていた言葉をなぜ口にしてしまったんだろう。

最低最悪のタイミングで。

一番大切な人を怯えさせて。

今すぐに消えてしまいたい。

その思いだけは、皮肉にも叶う。

せめて最期だけは、あなたの役に立たせてください。






秋を告げる虫の声も、この世界では意味がまったく異なる。

「譲くん、それで」

「先輩、待ってください」

「…虫の声、やんだ?」

「侵入者かもしれません」

弓と、接近戦用の太刀を手に取る。

あなたを背にかばい、漆黒の闇に眼をこらす。

守り抜いてみせる。

生き抜いてみせる。





2012年神無月・天




「うわ、かなり倒れちゃったね」

「昨夜はすごい風でしたから」

花のそばに支柱を立て、茎を結びつける。

「譲くんが丁寧にお花の世話するの、見るの大好き」

「…一番大切な花は、倒したりしませんけどね」

「え? どれのこと?」

黙って指差すと、その花は色鮮やかに染まった。




乙女心


「譲くん、前に言ってた婿養子の話、なしにしてほしいの。私、有川望美になりたい!」

「でも先輩、この先、有川って名前のお笑いタレントも出るかもしれませんし」

「とにかく私は名字を変えたいの! 私のこと『春日先輩』って呼んだら譲くんも絶交だからね!」

「はあ…」




ねだる


「譲くんの初めてのおねだりだから叶えたいんです」

「でも譲くん、もうやめてくれって言ってるんでしょ? みんなも戸惑ってるし」

「駄目です!」

去っていく望美の後姿に、景時は嘆息する。

「俺以外の男に笑いかけないで…って、言っちゃう気持ちはわかるんだけどねえ」




とける


雪の下から顔を出した地面は、当然ながら舗装されていない。

「やっぱり異世界なんだ…」

「その代わり、こんなものが見つかりましたよ」

譲くんが見せてくれたのはフキノトウ。

「今夜天ぷらにしますね」

優しい笑顔が、一足先に春を引き寄せる。

一緒にいてくれてありがとう。






「俺には特別な才能とかありませんから」

「何言ってるの? そんなこと言ったら料理も花の世話もできなくて、

歌も読めない上に、弓が譲くんより下手な九郎さんに悪いじゃない!」

「せ、先輩、うしろ!」

「あ、おはようございます、九郎さん。あれ? 目が赤いですよ?」




作戦


今回は開店時間も調べたし、今人気のスポットだし、譲くんも喜んでくれるに違いない。

到着した店の前にはものすごい行列。

顔面蒼白な私に「席が空くまで、何を話して過ごしましょうか?」と、

譲くんがうれしそうに話しかけた。

大失敗だった作戦がささやかな成功に変わる。