『遙かなる時空の中で2』

幸鷹×花梨

 

2012年師走・天




「幸鷹が大きくなって、お嫁さんまで連れてくるなんて…」

「お母さん、まだ花梨さんのご両親に許可をいただいてはいませんから」

「あなたがターゲットを逃がすわけないでしょう? だってあの頃から…」

「参りましたね」

何だか怖い会話を、花梨は聞かないフリすることにした。






龍神の神子であるあなたは、誰にでも笑顔で接し、他人の幸福を我がことのように喜ぶ。

けれどその瞳がほかの誰かを映すとき、その唇がほかの男の名前を語るとき、

かすかな苦々しさを覚えるのはなぜだろう。

こうして二人きりで過ごす物忌の時間が、終わらねばいいと思うのは…。






ビロードのような毛皮を撫でると、「にゃあ」と気持ちよさそうに鳴いた。

物忌みの日に幸鷹さんが連れてきてくれた子猫。

「気に入られたのなら、正式に貰い受けてきますが」

問われてビクリと肩を揺らす。

「いえ…いいです」

これ以上、つらい別れを増やしてどうするの…。




ねぇ

「今帰ったのは別当殿かい?」

「翡翠さん! はい。宮中の行事でしばらく来られないって、知らせに来てくれたんです」

「白菊の顔が少し曇っているのはそのせいかな?」

「え? いえ、そんなこと」

「君たちは馬鹿正直なくせに、肝心なところで鈍いのが何とも…ねぇ」

「?」





2012年師走・地




信じていた世界が崩壊し、自分の存在が根底から覆される。

その圧倒的な恐怖の中、

私をこの世界につなぎとめてくれたのはあなたの小さな温かい手だ。

たとえすべてが虚像だとしても、あなただけはここに、私のそばにいてくれる。

その事実がどれだけの勇気を与えてくれただろう。






「まじないがとじこめていた私の記憶が…洪水のように溢れ出しただけ。

痛みはありません」

とめどなく流れる涙のわけをあなたに告げる。

「幸鷹さん…」

神子殿が震える指でハンカチを差し出し、私の頬を拭った。

何を失ったとしてもあなたがここにいる。

その喜びが胸を熱くする。




羽衣

「天女に恋した男は、羽衣を隠して彼女を地上にとどめようとしたけれど…」

近づく別れに涙ぐむ私を、ふわりと包み込みながら幸鷹さんが言う。

「私はむしろ、あなたを天に返す羽衣となりたい」

「幸鷹さん…?」

「共にあの世界へ…戻ることをお許しいただけますか、神子殿」






「失われたと考えるより、2倍得られたと考えたいのです」

幸鷹さんが微笑む。

二つの世界の間で苦しみ、葛藤した人。

「そう考えられるようになったのはあなたのおかげです。

どちらの人生も、あなたというただ一人の女性につながっていたのですから」

言葉が出ずに、抱きついた。