『遙かなる時空の中で2』

幸鷹×花梨

 

2012年卯月・地




「かくれんぼですか?」

そう声をかけると、樹上のあなたは熟れた実のように真っ赤になった。

降りるのに手を貸しながら、その瞳も少し赤いことに気づく。

「……次は一緒に登りましょう」 私の言葉にあなたが目を丸くする。

「あなたを一人で泣かせたくないのです」




しるし

自分の記憶が改竄されている。

誰かが残したその痕跡(しるし)に気づかなければ、私は京で一生を全うしていたかもしれない。

心の内膜を引き剥がされるような痛みと苦しみ。

けれどあなたがその小さな手で支えてくれたから……私は新たな運命を選び取ることができたのだ。




阻止

「今夜、君をさらいに行くよ」という翡翠さんの囁きを聞きつけて、

幸鷹さんが「神子殿の局で宿直(とのい)する」と言い出した。

あれは「夢路に」という意味だと思うんだけど……この際、黙っておこうかな。

でもきっと翡翠さん、面白がって来ちゃうだろうな(笑)。






「こっちの物って、着物も香袋も文箱も、結ばなきゃいけない物が多いですよね。

私、不器用だから時間がかかっちゃって」

「ふふ、神子殿、力になってあげたいのは山々だが」

「翡翠さん?」

「私はほどくほう専門でねえ」

「え…」

「翡翠殿! それ以上言ったら捕縛します!!」





2012年皐月・天


叫ぶ

悲痛な叫びがまばゆい光に包まれて消えていく。

調伏でも退治でもない怨霊封印の力。

それを最もか弱き少女に宿らせるとは…天の配剤の妙に唸る。

彼女の資質が龍神の目に叶ったというのなら、私はそのすべてを…

「すかあと」の丈も含めて受け入れねばならないのだろうか…?





清浄な空気に包まれ、白龍の待つ高い空へと上り始めたとき、

いつも冷静で取り乱すことのないあなたの絶叫を聞いた。

そう私は龍神の神子。でも、その前にあなたに恋するただの高校生だ。

「幸鷹さん!」と心で叫ぶと、体はゆっくりと下降を始めた。

まっすぐにあなたの元へと。




自惚れ

兄との確執に疲れ、気づけば四条の邸にあなたを訪ねていた。

月のない星明りの下をともに歩くだけで心が凪ぐ不思議。

慰めるでもなく、助言するでもなく。

独りぼっちの少女を庇護したつもりだった。

あの時救われたのは自分だったのだと、今さらながら気づき、苦笑する。




おいで

「おいで、白菊」

「お待ちください、翡翠殿。あなたに神子殿をお預けするわけには参りません」

「言ってくれるね、別当殿。神子殿、私が君に何か不埒な真似をしたことがあったかな」

「え…///」

「神子殿、何を赤くなって! 翡翠!?」

「いや、私基準ではまだ何も」





2012年皐月・地


目眩

ごく平凡に暮らしていた少女が、突然大きすぎる使命を負わされる。

目眩にふらつく姿が、動揺を物語っていた。

「明日からは私が同行しましょう」

思わず申し出ると、目を丸くした後、泣きそうな笑顔で礼を言われた。

神子云々はともかく、守りたい…心からそう思った。





せっかく幸鷹さんと白河まで来たのに、目眩と悪寒で歩けなくなってしまった。

穢れ…と深苑くんが言ってたのはこれ?

「ごめんなさい」と謝る私に「私がいながら守れずに」と応える声はひどく辛そうだった。

不思議に胸が温かくなり、牛車の中でゆっくりと目を閉じる。




不足

私は京の人間じゃないし、この世界のこともよく知らない。

神子として足りないことだらけだけど、みんながもっと安全に暮らせる時代が来ることを知っている。

だから希望を持ち続けることが私の役目。

そう言ったら幸鷹さんは、「あなたが神子でよかった」と微笑んでくれた。





神子として足りないことだらけ…とあなたは言う。

だが、末法の世に囚われ、因習に囚われた私たちに足りないものを、補っているのはあなただ。

だからこそ神子は異世界から召喚されねばならない。

いや…もう理屈はやめよう。私の想いはただ1つ。

「あなたが神子でよかった」




かおり

決戦のあと、彰紋くんの手ほどきでえび香を作る。

梅花、菊花、荷葉、黒方……。

もう二度と会えなくなるみんなとの大切な思い出を忘れないように。

気づけば涙がポロポロとこぼれていた。

傍らからそっと頬を拭ってくれる人の、侍従の香りがこれからの私の支え…。




青葉

「新緑って気持ちいいですよね。人で言うと勝真さんのイメージかな」

街路樹の青葉が目にしみるオープンカフェで、あなたは紅茶を片手に笑う。

「なるほど。では私のイメージは何ですか?」

そう問うと、頬を染めて舗道に落ちる木漏れ日を指した。

「?」

「…太陽です」