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クリスマスの前に ( 2 / 2 )

 



「あれ?」

夜、シャワーを浴びた譲は、2階に戻ろうとしてリビングにいる景時に気づいた。

例のパスタマシンの前に座り、何やらゴソゴソと作業をしている。

「景時さん、どうかしましたか?」

「うわっ!!」

譲の声に飛び上がった景時は、

「あ~、何だ、譲くんか~!」

と、へにゃっと笑ってみせた。

バスタオルで髪を拭きながら近づくと、手にしていたフキンをひらひらと振って見せる。

「分解したりしてないから大丈夫だよ~。端に残っている水分を拭いていたんだ。サビちゃうと困るからね」

「ああ、それはステンレス製だから、基本的には大丈夫なんですが」




譲がテーブルを挟んで向かいの席に座ると、景時はパスタマシンを持ち上げ、四方から眺め始めた。

「うん。サビない鋼……なんだよね。それをこんなに自由に成形できるなんてすごいな~」

「景時さんだったら、ステンレスで何を作りたいですか?」

譲の問いに、景時は目を輝かせる。

「そうだな、サビに強いってことは、水をよく使う場所で役立ちそうだよね。鍋・釡はもちろん、湯殿なんかでも使えるかな~」

「ああ、確かにそういう場所でよく使われています」

「やっぱり! あとは厩とか、ああ、田畑を耕すのにも重宝しそうだし、川や海でも使えそうだな~」

うれしそうに、用途を一つひとつ挙げていく。

「景時さんは、俺たちの世界だったら、工業デザイナーにぴったりですね」

「工業でざいなー?」

「ええ、そのパスタマシンとか、とにかく生活に必要な道具をいろいろと設計する仕事です。大きい物から小さい物まで、分野はいろいろあるみたいですけど」

「そうか……。それは素敵な仕事だね」

柔らかく微笑む顔を見て、譲の胸はズキンと痛んだ。

「…………」

しばらくためらった後、ずっと考えていたことを口に出す。




「景時さん、……景時さんは、こちらの世界に残ることはできないんですか?」

「え……?」

「鎌倉の怪異を解決できたら、こちらに残って生きる道を探してはどうかと思うんです。住むところとか、就職とか、いろいろと大変だとは思うけど、少なくとも今の日本に戦はありません。命を奪ったり奪われたりの状況は滅多にない。だから、俺は朔にも八葉のみんなにも、この世界に残ることを考えてもらいたいんです」

「譲くん……」

眩しいものを見るように少し目を細めるだけで、景時は答えなかった。

沈黙の心地悪さに、譲は視線を逸らして言葉を継ぐ。

「それはもちろん……あちらに残してきた家族や……鎌倉のことが気になるのは……よくわかりますけど……」

「うん、そうだね……」

しばらく、また沈黙が続いた。




コトン、と景時がパスタマシンをテーブルに置く。

「心配してくれてありがとう」

その声に、譲は顔を上げた。

景時は、言葉を探すように少し目を空にやってから、口を開く。

「多分……譲くんや将臣くんや望美ちゃんがオレたちの世界に来たのが『異例』だったように、オレたちが今、この世界にいるのもとても『異例』なことだと思うんだ。本来は全員がそれぞれの世界で、お互いを知ることなく生きる運命だったんだから」

「それは、そうですが……」

景時はぐるりとリビング全体を見回した。

「確かにこの世界は平和で、便利で、安全だ。でも、残念ながらオレの世界じゃない。どんなに過酷で殺伐とした場所であっても、オレはオレの世界で一生懸命生きなければならないと思うんだ。そうやって逃げずに頑張った人がたくさんいたから、今、この世界はこんなに平和なんだろう?」

「…………」

「譲くんが、たとえば百年後の世界に行って、そこがもっと平和で便利だったら、そこに住もうと思うかい?」

「……景時さん、わかりました。おかしなこと言って、すみません」

譲は、降参したというように、目を伏せて息をついた。




「ごめんね、せっかく言ってくれたのに」

「いいえ。俺のほうこそすみませんでした」

お互いに顔を見合わせて笑う。

多分、景時は源平の歴史のことを知っている。

譲は思った。

景時だけでなく八葉の多くが、いろいろな形でこの世界に伝わる源氏と平家の物語を調べたことだろう。

望美や将臣、譲の介入であちらの世界の流れは大きく変わりはしたけれど、歴史に残る悲劇が防げるかどうかはわからない。

それでもきっと彼らは……。




「ああ、でももし許されるなら、朔だけはこちらに残していきたいな。譲くんが嫁にもらってくれればオレも安心なんだけど」

「な! 景時さん、何言ってるんですか!?」

「そうだよね、君には望美ちゃんが~」

「そうじゃなくて……!」

「じゃあ将臣くんに頼むか~」

「景と……」

スパコーン!と、小気味良い音が響いた。




「いててててて!」

「兄上、私は出家の身だと何度言えばわかるのです」

いつの間に近づいたのか、景時の後ろに扇を手にした朔が立っていた。

「朔」

「ごめんなさいね、譲殿。兄の妄言はいつものことだから、許してね」

にっこり笑われて、譲も冷や汗をかきながら微笑み返す。

朔、それ、怨霊倒すのに使う扇じゃないのか? とは口に出せずに。

「さあ、兄上、箇条書きが仕上がりましたから、さっさと私の部屋にいらしてください」

「ええっ?! 朔、本当に作ったの~?」

「当たり前です。物覚えの悪い兄上には、このくらいしなければ」

襟首をつかんで朔に立たされる景時は、まるでその辺の野良猫のようだった。




「で、でも、朔、嫁はともかく、ここに残るって言うのはアリだと……」

「兄上」

朔が兄の目をキッと見据える。

「私は兄上とともにあの世界に戻ります。兄上がおっしゃるとおり、あそこが私たちの世界ですから」

「朔、でも……」

「兄上のお気持ちはわかります。とてもありがたく思います。だからこれは……私の『我がまま』です」

「!」

「聞いていただけるのですよね?」

「朔……」




「……景時さんの負けですよ」

黙って聞いていた譲が、ぽつりと言った。

景時も苦笑する。

「……確かに。完敗だね」

「さあ、参りましょう。譲殿、おやすみなさい」

「おやすみなさい。景時さん、これは俺が片付けますから」

「あ、ごめんね。じゃあ、おやすみ~」

リビングを出ながら、「朔はオレより軍奉行向きなんじゃ」と言ってどつかれる景時を、譲は微笑みながら見送った。




テーブルの上には、銀色に輝くパスタマシン。

持ち上げて棚に戻しながら、きっと俺はこの先、これを見るたびに自分の対の白虎を思い出すだろう、と、譲は思った。

陽気で、好奇心旺盛で、子どものように無邪気で、でも恐ろしいほどの運命の重さを受け止める覚悟もしている人。

柔和な表情の裏には、きっと想像もつかないような苦悩が隠れているのだろうけれど。




「23日になったら、ラザーニャの仕込みをするか。景時さんにまた活躍してもらわなきゃ」

パタン、と棚の扉を閉めると、譲はキッチンとリビングの灯りを落とした。

鎌倉の五行を乱す怪異の原因、その究明は始まったばかり。

これからどんな試練が待ち受けているかわからないが、残された時間を悔いなく過ごしたい。

そして、爽やかな気持ちで彼らを見送りたい。

どうしようもない寂しさは、きっと残るだろうけれど。







 

 
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