甘い囁き ( 1 / 2 )

 

「と、友雅さん! もう、からかわないでください!」

「ふふ、神子殿、私は偽りなど口にしないよ。君さえ応えてくれれば……」

「知りません!」

真っ赤になった両頬を押さえながら簀子縁を走り、角を曲がった途端にポスンと誰かにぶつかった。

「キャ…!…」

「あ……大丈夫ですか、神子殿」

上を見ると、鷹通さんの顔。

「ご、ごめんなさい、私、前を見ていなくて」

「……!……」

「あ? どこか当たっちゃいました?」

「……………い、…いえ……」

なぜか、思い切り目を逸らされた。

「?」




藤姫が八葉全員に土御門殿に集まるよう要請していたのは今日の午後。

珍しく早く着いた友雅さんに、いつものように甘い囁きを浴びせられて、たまらず局を飛び出してきたところだった。

「鷹通さん?」

「……その……まだ……ほかの八葉の方たちは集まっておられないようですね」

目を合わせないまま、鷹通さんが言う。

「と、友雅さんだけはもういますよ」

「……ええ」

視線を下に落とし、ふうっとため息をついた。

局に行きたくないのか、簀子縁に佇んだまま何か考え込んでいる。




「……鷹通さん、もしかして、友雅さんとケンカでもしたんですか?」

思い切って尋ねると、鷹通さんは目を大きく見開いた。

「ケンカ? いえ、とんでもありません。そもそもあの方は、私の言うことなどまともに取り合ってくださいませんから」

「え?」

「……あの方から見ると、私はまだ子どもで……」

言いながら、再びうつむいてしまう。

やっぱり何かあったのだ。

私は一歩踏み出して、鷹通さんの袖に手を掛けた。

「鷹通さん、同じ白虎同士でモヤモヤを抱えてちゃ駄目ですよ。ちゃんと友雅さんと話し合わなきゃ」

「……神子殿」

距離が縮まったせいか、鷹通さんの顔が赤くなる。

「私にできることがあれば、何でもしますから。ね?」

「…………」




しばらく、つらそうな顔で私を見つめた後、鷹通さんは視線を逸らした。

「……いえ……問題は友雅殿ではないのです」

「え?」

そのまま背中を向けると、

「また出直して参ります」

と、簀子縁を戻っていってしまった。



* * *



その日の八葉の集いでの鷹通さんは、明らかにおかしかった。

「……そういうことで、後は鷹通殿と友雅殿にお調べいただきます。お二方とも、よろしくお願いいたします」

藤姫が言うと、

「ああ、鷹通がきっとしっかりやってくれるよ」

と、友雅さんが微笑む。

「友雅殿、友雅殿にもお働きいただかないと困ります」

「ははは、藤姫はなかなか厳しいね、鷹通」

「……………………」

「鷹通?」

「鷹通殿……?」

友雅さんに扇で肩を叩かれて、鷹通さんはやっと我に返った。

「あ、失礼いたしました! ……その……何のお話だったのでしょう?」

「鷹通殿……!?」




そんなやり取りが度々繰り返され、天真くんがポツリと「何だ? 鷹通のやつ。バッテリー切れか?」とつぶやく。

天地の白虎にいったい何があったのか、私は本当に心配になった。