秋時雨 ( 3 / 3 )
ふと、胸にかかる重みが増したように感じて、幸鷹は花梨の顔を覗き込んだ。
穏やかな寝息をたてて、眠っている。
花梨の警戒心のなさに安堵し、一方で少し不本意な気分も味わっていた。
(このようにかわいらしい人を胸に抱いて、私が何も感じないと思っているのでしょうか)
花梨の前髪を軽く手で梳いた後、そっと、滑らかな頬に触れてみる。
ピクリとも動かない。
そのまま、指を滑らせて唇に触れる。
「…ん」
少し反応したが、またすぐ眠りに落ちてしまう。
(私は……男と見られていないのか…?)
幸鷹の心に奇妙な焦りが生じた。
かすかに微笑みを浮かべながら、胸の中で眠り続ける少女。
いっそ、その桜桃のような唇に口づけてしまおうかと思ったが、
(それはあまりと言うもの。この方にとってファーストキスかもしれませんし…)
と、思いとどまる。
「…あなたは残酷な方だ」
静かに息を吐いた後、低い声で呟いた。
天使のように無垢な寝顔。
まだしっとりと濡れている柔らかな髪。
ほんのり色づく頬。
長い睫毛。
襟元から覗く、まぶしい素肌。
自分が、どれだけ彼女を愛しく思っているか、幸鷹はあらためて感じた。
「…あなたを…離したくない…」
眠る花梨に、低く抑えた声で告白する。
「…あなたを…愛しているのです、神子殿…」
前髪を手で押さえ、額にそっと口づけを落とす。
次の瞬間。
ぱーっと、花梨の顔がバラ色に染まった。
「!? ……神子殿…!?」
「ご、ごめんなさいっ!!」
ギュッと目をつぶり、幸鷹の胸にしがみついて花梨が呟く。
「目覚めていらしたのですか?」
幸鷹も、自分の顔が赤くなるのを感じた。
「…どの辺りから?」
「ごめんなさいっ!!!」
明言を避けるのを見て、どうやらほとんど聞かれたらしいと幸鷹は察しをつける。
「あなたが謝る必要など……すべて、お伝えしたかったことですから」
「?!」
その言葉を聞いて、花梨はパチンと目を開けた。
おそるおそるという感じで、視線を幸鷹に向けてくる。
「……本当に…?」
「もちろんです」
今度こそ、花梨は全身を真っ赤に染めた。
「幸鷹さ…」
両方の瞳から、突然大粒の涙がこぼれ落ちる。
「神子殿!?」
「う、うれしい……私も幸鷹さんが大好…き……」
涙がとめどなく流れていく。
大泣きし始めた花梨をしばらく呆然と見つめた後、幸鷹は背中に腕を回し、正面から優しく抱き締めた。
腕の中で、花梨は肩を震わせて泣き続ける。
「さあ、神子殿」
目尻の涙をぬぐうように口づける。
「そのように泣かれては、私が何か悪いことをしたようです」
「そ、そんな、こと…」
しゃくりあげながら花梨が答える。
微笑んで見つめながら、瞼、頬と順番に口づけていく。
「く、くすぐったいです」
花梨の顔にも微笑みが戻ってきた。
幸鷹は最後に頤に手を添え、花梨の顔を上に向けると、その瞳をまっすぐ見つめて言う。
「花梨殿…私はあなたを愛しています。この気持ちに応えていただけますか?」
花梨は一瞬目を見開き、次の瞬間、ほころぶような笑顔で答えた。
「はい! 幸鷹さん」
「ありがとうございます」
花梨はかすかに震えながら睫毛を伏せる。
幸鷹がゆっくりと顔を近づけていく。
慈しむように、愛しさを伝えるように、温かい唇が重なった。
二人は固く抱き締めあい、長い口づけを交わした。
降り続く雨のカーテンは、紅葉の下の恋人たちを優しく隠す。
京が雪に覆われるまであとわずか。
名残を惜しむように、秋の彩りが野山を美しく飾っていた。
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