秋時雨 ( 1 / 3 )
「あれ? 雨?」
空気がにわかに冷たくなり、暗さを増した空を見上げて花梨が言った。
細かな雨粒が、空に向けた掌に落ちてくる。
「とうとう降り出しましたか。この先の寺まではもつと思ったのですが」
予測が外れたことを悔やむように、幸鷹が言った。
(そんなことまで責任感じなくてもいいのに)
と、花梨は笑みをもらす。
とはいえ、開けた田畑の畦道にいるため、雨宿りする場所が近くに見当たらない。
雨は徐々に勢いを増してきた。
「神子殿、あちらに。あの紅葉の下に参りましょう」
指差すほうを見ると、少し先に見事な錦をまとった紅葉の古木。
「うわあ、きれい!」
「どうぞ、私の袖の下にお入りください」
花梨が濡れないよう幸鷹が申し出たが、
「大丈夫! 二人で全力疾走したほうが濡れる時間が短いですよ」
と明るく答えると、木の袂を目指して走り出した。
* * *
「ふえ〜、結構濡れちゃいましたね」
「ええ、案外距離がありました。大丈夫ですか?」
紅葉の傘の下で一息つくと、衣の雨粒を払いながら幸鷹が言った。
濡れた髪を手で梳きながら、花梨がにっこり微笑む。
「はい。体育祭で、雨の中走ったこともありますから」
明るい笑顔と、雨の雫を滴らせる髪、それに濡れてぴったりと身体に纏いついた衣が一度に視界に入って、幸鷹は思わず目をそらした。
「あれ? 幸鷹さん」
幸鷹の戸惑いにはまったく気づかずに、花梨が顔を覗き込む。
「眼鏡! 濡れて曇っちゃってますよ」
「え? ああ…」
ゴソゴソとスカートのポケットを探し、ハンカチを出すと
「ちょっと失礼します」
と幸鷹の眼鏡に手を伸ばした。
「み、神子殿!」
自分でやりますからと言う間もなく、眼鏡は外された。
はあっと息を吹きかけて、慎重にレンズを磨く。
濡れたわが身を繕うより前に、自分のことを案じる花梨。
幸鷹は鼓動が早くなるのを感じた。
「はい、きれいになりましたよ!」
満面の笑顔で眼鏡を幸鷹のほうに掲げる。
「…かけていただけますか?」
「え?」
身をかがめて頭を差し出され、今度は花梨の心臓が高鳴った。
幸鷹は目を閉じている。
顔には少し悪戯っぽい微笑み。
花梨は思い切って顔を近づけ、形のいい鼻筋に震える手で眼鏡をかけた。
頬に触れた花梨の指を、幸鷹が軽く握る。
「!」
「冷たいですね」
静かに目を開ける。
「幸鷹さ…」
幸鷹は凍えた指を温めるように、そっと口づけた。
「!!」
「……お心遣い、ありがとうございました」
顔を真っ赤にして、ぶるんぶるんと顔を左右に振る花梨に、幸鷹は柔らかく微笑んだ。
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