Who are you? ( 1 / 2 )

 

譲は、強烈な頭痛で目を覚ました。

ガンガンと殴られるような痛みに、気が遠くなる。

「いったい……」

目の前が白くぼやけていった。



* * *



「おはよう! 譲くん! 遅くなってごめんなさい!」

いつものように、息を弾ませた望美が玄関のドアを開けると、

「遅い!」

と一喝された。

「へ?」

目の前に立っているのは間違いなく譲。

一瞬、どこか違うところから声がしたのかと思った。

「あ、あの……」

「毎朝毎朝ギリギリで。いつも走るはめになるじゃないか」

やっぱり譲の口から声が出ている。

望美が目を丸くして突っ立っていると、

「ほら、急ぐぞ」

と、手を取って走り出した。




「あ、あの、ゆ、譲く……」

「舌を噛むから、走っているときはしゃべらない!」

「……はい」

駅までの坂道を一気に駆け下り、ホームに走り込む。

ひざに手をついて息を整えている望美の前に、ミネラルウオーターのペットボトルが差し出された。

「これに懲りたらもう少し早く起きること」

夢中で水を飲みながら、望美がコクコクとうなずく。

「通学でケガなんかさせたくないんだ。まあ……手をつないで走るのは悪くないけど」

ストレートに言われて、望美の頬が赤くなる。

「いったいどうしたの……?」と、聞こうとしたところに、電車が滑り込んできた。



* * *



「あ、あの、譲くん、今日は込んでるからそんなに頑張らなくてもいいよ」

ドアを背にした望美は、腕を突っ張って自分を守っている譲に声をかける。

いつもさりげなくやってくれる動作なのだが、今日はどういう具合か、電車がいつも以上に込んでいた。

譲がギュウギュウ押されているのを見て、申し訳なくなったのだ。

「……わかった」

すうっと距離が縮まり、譲の片手が望美の背中に回される。

「……!!?」

相変わらず、片手をドアについて一定の空間はキープしているものの、望美は完全に譲に抱き締められる形となった。




「あ、あの……!!」

「苦しくない?」

「く、苦しくはないけど……!」

真っ赤になった望美に構わず、譲は柔らかく背中を支えたまま、窓の外を見ている。

(ど、ど、どうしちゃったの~~?!! 今日の譲くん、まるで別人だよ!!)

理由を探ろうと、必死で譲の顔を見上げる。

その視線に気づいて、譲は軽く微笑んだ。

そして次の瞬間、望美の額に軽くキスを落とす。




譲の背中に隠されて、誰にも見られなかったとはいえ、通学電車の中としてはあまりにあまりな出来事に、望美は失神寸前で駅に降り立った。

フラフラしているのをすかさず譲が支えてベンチに座らせる。

「大丈夫? ここで少し休んでいく?」

「い、いい、大丈夫。譲くん、あの……」

「何?」

長身の譲がベンチの前にかがみ込んでいるので、目と目が正面から合う。

「あ、あの……」




こんなにまっすぐ見つめられては、かえって言葉が出ない。

「……今日の昼、屋上で待ってるから」

「……え?」

「具合が心配だから、顔を見せて」

手を取りながら本当に心配そうに言われ、やっぱりこれは譲くんなんだなあと実感する。

「……うん」

「じゃあ、少しゆっくり歩こう」




背中に軽く手を添えられて、譲にリードされながら高校までの短い距離を歩く。

さりげない動作なので、あまり目立たないのがありがたい。

(譲くんがもし同級生だったら、こんな感じなのかな)

不思議な胸の高鳴りを覚えながら、望美は校門をくぐった。



* * *



「譲くん!」

屋上の出入り口から離れた、フェンス際に譲の姿を見つけて望美が駆け出す。

「転ぶから走らないで!」

すぐに譲の声が飛んだ。

ぴたっと足を止め、おずおずと歩き出す。

譲のほうも、フェンス際からこちらに向かってきた。

「ごめん、大きな声を出して」

近づくとすぐに譲が謝る。

「ううん。そういえば前にコケたことがあるよね」

「俺なんかのためにケガしちゃ駄目だ」

まっすぐ目を見て言われるので、本当に心臓に悪い。

譲に手を引かれて、ベンチのひとつに腰掛けた。




「気分は? まだ具合が悪い?」

「もう大丈夫。心配かけてごめんね」

笑ってみせたが、譲の表情は変わらない。

「苦しいときでも笑って、ひとりで無理をしすぎるところがあるから心配なんだ。
俺の前では無理なんかしないでほしい」

「してないよ。本当だよ」

少しムキになって言うと、ようやく譲の表情が穏やかになった。




「今日は自分の弁当しか持ってないから、少し買い足してきた。
ほかに欲しい物があれば、また購買部に行ってくるから」

そう言って譲が広げたのは、パンやおにぎり、ペットボトルのお茶や暖かい缶コーヒーなど、いつの間にと思うくらいの品の数々だった。

しかし望美の目を釘付けにしたのは、その真ん中にある弁当。

「……懐かしいなあ……相変わらずおいしそう……」

自分用だからだろう、白いご飯にいくつかのおかずが添えられただけの簡素な弁当だったが、彼の手腕はいかんなく発揮されていた。

クスッと譲が笑う。

「こんなものでいいなら、好きなだけどうぞ」

「でも、譲くんのお弁当を横取りしちゃ悪いよ」

「食べてもらったほうがずっとうれしい」




またもストレートに言われて、望美は真っ赤になった。

「……じゃ、じゃあ、半分ずつ食べようよ。お箸一組しかないから、交替でいい?」

「好きなだけ食べて。俺はパン食べてるから」

「駄目だよ」

唐揚げをひとつつまんで譲に差し出す。

「え~と……」

この先どうしていいかわからなくて望美が固まっていると、譲がニコッと笑ってパクリと食べた。

「ごちそうさま」

「は、はい…」

(これじゃまるで新婚さんだよ……)

さらに赤くなる望美を、譲は楽しそうに眺めていた。