Voi che sapete ( 1 / 2 )

 


「あいつ……何やってるんだ?」

日曜日の昼間。

ショッピング街を歩いていた柚木は、真剣な表情で店を覗き込んでいる香穂子を見つけた。

うれしそうに笑ったり、頭を抱えたり、うっとりしたり、ショーウィンドウの中を見ながら百面相している。

「わあ~…きれい」

「うわ、高い」

「あ~、すごい~」

「うひゃ、高い!」

「あ、でもこっちも素敵」

「え~ん、高すぎ~」




「高級花材の店だ、高いのは当たり前だろう」

突然後ろから声を掛けられて、香穂子は文字通り飛び上がった。

声の主が、今のところこの世で最も会いたくない人物だったことにさらに驚く。

「ゆ、柚木先輩!? どうしてここに?」

「俺が買い物に来て悪いか? それより何をやってるんだ? 欲しいならさっさと入ればいいだろう?」

国内でもトップクラスの高級花材店にすいっと入っていく柚木を、香穂子はあわてて追いかけた。

「柚木先輩、待ってください!! 私、こんなお花とても買えな……!」

「いいから。黙ってついておいで」

「え……?」




ロココ調の内装にクラシック音楽が流れている。

まるで宝石店のような店内に足を踏み入れた途端、上品な制服に身を包んだ店員が近づいてきた。

「あ、あわわ」

慌てる香穂子をよそに、柚木はディスプレイされている薄紫色のバラを1本手に取る。

「いらっしゃいませ」

「いい香りですね。母の誕生日に贈る花を探しているんですが、少し店内を見せていただいてよろしいですか?」

キラキラと効果音が聞こえそうな完璧な王子スマイル。

「もちろんです! ごゆっくりどうぞ。ご質問があれば何でもお尋ねくださいね」

微かに頬を赤らめた店員は、微笑みながら退却して行った。




「……すごい」

いつもながらの無敵の王子外交に香穂子はつぶやく。

この人は自分の武器を嫌と言うほど知っている。

そして、爽やかなくらい露骨にそれを利用する。

「それで? おまえ、いったい何を熱心に見ていたんだ?」

王子だいなしの尊大な口ぶりで柚木が尋ねた。



* * *



「いつも見てるバラとは形も色も全然違って、まるで繊細なイラストを見てるみたいで……」

ショーウィンドウ越しに香穂子が見ていたのは、セピア色のフィルターをかけたようなシックな色、不思議な翠色、淡い青みを帯びた紫色など、神秘的な色彩をまとったバラだった。

普通の花屋ではまず滅多に見ることができない、品種改良の粋とも言うべき芸術品。

そのため、一本に千円近い値段が付いている。

「ふうん……」

「あ、あの、そばで見られただけでもよかったですから、そろそろお店を出ませんか?」

時折こちらをチラチラと見る店員の視線が気になって、香穂子は花の美しさを楽しむどころではなかった。




「お前、意外と目が利くんだな」

「え?」

柚木の言葉に、香穂子は驚いて顔を見る。

「確かに美しいけれど、決して派手なわけじゃない。この店内には、もっと華やかで人目を惹くバラや蘭が所狭しと飾られているのに」

「そう……言われればそうかな。最初からここに目が吸い付けられちゃったから、気づかなくて」

てへへと照れ笑いする香穂子を、柚木は静かに見つめた。

「すみません」

急に店員に向かって手を挙げた柚木に香穂子が驚く。

「先輩?!」




香穂子をその場に置き去りにして、柚木が店員と何やら相談し始めた。

「な、何? いったいどうするの??」

確か財布の中には、今、3000円くらいしか入ってなくて、そんなのこのバラを3本も買えば吹っ飛んでしまう金額で……。

「承知いたしました」

頷いた店員が、香穂子のそばのスタンドから、何本ものバラを抜いて行く。

「だ、だ、ダメです!! そんなに払えな……!!」

「じゃあ花束ができるまで、僕たちは少し散歩してきます」

店員から死角になる角度で口を塞がれて、モゴモゴ言いながら香穂子は店内から連れ出された。