誤解と了解の輪舞(ロンド)

 




京都・放課後の道


「おい、あかね」

「あ、天真くん、詩紋くん、どうしたの?」

「お前……鷹通にちゃんとバレンタインの説明したんだよな」

「え、うん。好きな人にチョコを贈る日って言ったよ、チョコを渡す時に」

「あかねちゃん、もしかしてそれだけ?」

「え? 何かまずかった?」

「お前、その後、鷹通が見てるところで俺たちにチョコ渡しただろう」

「あ、今朝ね。うん」

「その上、詩紋のおやじや祖父さんにまで渡して」

「だって、鷹通さんがいつもお世話になってるでしょ?」

「あげくの果てに蘭にまで」

「うん」

「あかねちゃん、鷹通さんに『義理チョコ』とか『友チョコ』とか説明してないよね?」

「……!」

「鷹通、さっきガックリうなだれて鴨川のほとりを歩いていたぞ」

「『まさか神子殿が友雅殿以上に……』とかつぶやいてたよ」

「え~っ?! ちょっとそれどういうこと?! わ、私行ってくるね!!」



「この世界では、今日は女の子のほうから好きな人に告白できる日なんです」



「たぶん、蘭がとどめだったな」

「鷹通さん、かわいそう……」




* * *




東京・幸鷹の部屋


「すみません。チョコを渡すだけなのに、上がりこんじゃって」

「大丈夫ですよ。今日は午後から休みを取ったので、ゆっくりくつろいでください」

「え? まさかチョコを受け取るために……ですか?!」

「バレンタインデーは、欧米では『恋人たちの日』と言われていて、愛する人とともに過ごすのが普通なのです」

「そうなんだ……」

「どこかに出かけるというわけにはいきませんが、よろしければ今日は私と欧米風に過ごしていただけますか? 花梨さん」

「は、はい!」

「? どうかされましたか?」

「……幸鷹さんの部屋でお茶を飲むのは初めてだから、ちょっと緊張しちゃって」

「せっかくのチョコを欧米風にいただくには、リビングは少々不都合なので」

「……欧米風に……?」

「ええ。まずこのチョコを軽くくわえてください」

「?? はい……??」

「……ではご馳走になります」

「え!!? あ?!……??!!」

「……ああ、とてもおいしいですね。ありがとうございます」

「……ゆ、幸鷹さん! 私が知らないと思って騙していませんか?!!」

「とんでもない。後でwikipediaででもご確認ください。では2個目」

「ん……!」



その日の夜。



「そんなこと書いてない~っ!! 
幸鷹さんの嘘つき~!!




* * *




鎌倉・放課後の道


「わかってるだろうな、望美。こいつの生命を危機に陥れるのは、誕生日のときだけで十分だ。頼むからチョコレートは買って贈れ!」

「何よ~、その前提。言われなくてもチョコレートは買いました!」

「ふう~、よかったな、譲」

「兄さんに心配されることじゃない」

「そういう将臣くんは、毎年結構な数もらってるけど、ホワイトデーにお返ししてるの?」

「もちろん! バイト先のカフェに来た子にはとびきりの笑顔をサービスしてるぜ」

「呆れるほどいい加減なお返しだな」

「いい加減じゃねーよ。チョコレートくれた子には笑顔サービス券もれなく発行してるんだから」

「……将臣くんって、本当にお金を使わない術に長けてるよね~」

「プレゼントもたいてい蔵から見つけてくるし」

「台所事情の苦しい平家を切り盛りしてたんだ、当然の経済感覚だろ?」

「「異世界行く前からだよ」」

「声を揃えるな! もういいからとっとと俺あての義理チョコよこせよ、望美」

「将臣くんのは義理チョコじゃないよ! 熱~い友情を込めた……」

「へえ」

「……手作り!」

「待て、俺を離せ、譲!」

「ごめん、兄さん、俺、先輩には逆らえない!」

「はい、将臣くん、口を大きく開けて~!」




* * *




橿原・忍人の私室


「忍人さん、これ、もらってくれますか?」

「千尋? ああ、もうそんな季節なのか……」

「ええ。あれから1年たつんですね」

「! まさか今年も、皆に配る菓子をすべて作ったのか?」

「さすがに無理でした。だから、今年は忍人さんの分だけ」

「…………」

「忍人さん?」

「……もう、これからはずっと俺の分だけでいい」

「え……」

「この春、君は俺の妻になるのだから、ほかの男に贈り物などする必要はない」

「…………」

「何がおかしい?」

「おかしいんじゃなくて、うれしいんです」

「?」

「忍人さんがやきもち焼いてくれたみたいで。そんなこと、今まで一度もなかったから」

「……!」

「ごめんなさい。変なこと言って」

「……俺は……口に出さないだけだ」

「え?」

「…………だが、それでは……駄目なんだな」

「???」

「ありがとう、千尋。菓子も、そこに込めた想いも」

「忍人さん……!」

「これからは君への想いを、なるべくきちんと伝えていきたい。最初はうまくいかないだろうが」

「す、少しずつでいいです。忍人さんの一言の破壊力はすごいんですから!」

「? そうなのか」

「そうですよ! 少しは自覚してください」

「……わかった」

「笑顔もですよ」

「笑顔?」

「息が止まりそうになります」

「まさか」

「だって全部大好きだから」

「……君の言葉の破壊力のほうがすごい」

「そんなことないですよ~!」






バレンタインデーにはどの世界でも、愛し合う恋人たちが幸せでありますように。




 

 
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