たった一つの大切な嘘 ( 1 / 2 )
「嘘……嘘ですか……。それは……」
真剣に考え始めた鷹通を見て、話を振った天真のほうがあわてる。
「お、おい、鷹通、そんな眉間に皺寄せて考えるようなことじゃねえから。
もっとライトにだな」
「しかし、天真殿。一瞬は本気にされるけれど、罪がなく、
皆がほほえましい気持ちになれる嘘と言うのは……なかなか難しく思われます」
「鷹通さんは普段から嘘をつかないから、特に難しそうですね」
横で見ていた詩紋が、くすっと笑いながら言った。
「それは、詩紋殿も同じではありませんか」
「う〜ん。どうかな。僕は鷹通さんよりは嘘つきかも」
納得しかねるという表情の鷹通を見て、天真が口を開く。
「こいつ、向こうにいたときから、結構つらいことや苦しいことを俺たちに隠してたからな。
確かに鷹通よりは嘘つきだ」
「天真先輩! 僕は別にそんなこと」
「神子殿や天真殿を心配させないように……ですね。確かにそれは詩紋殿らしい嘘です」
心から感心したという声を出す鷹通に、詩紋のほうがあわてた。
「た、鷹通さん、エイプリルフールの嘘はもっと軽いものですから!
友雅さんがよく言っているような……」
「私が何をよく言っているのかな?」
土御門邸の簀縁で話しこんでいた三人のそばに、いつの間にやら友雅が微笑みながら佇んでいた。
「うわっ! 友雅、いつの間に来やがった!」
「人聞きが悪いね、天真。きちんと藤姫を通して案内してもらったのだよ」
「では、その藤姫はどちらに?」
鷹通が簀縁を透かし見るようにして尋ねる。
「ああ、神子殿を呼びに厨のほうに行ったよ」
「厨? あかねちゃん、お料理でもしてるのかな」
「つまみ食いじゃねえのか?」
詩紋に茶々を入れる天真の肩に、友雅は蝙蝠扇でポンと触れた。
「それで? 天真。軽い嘘と言うのはいったい何なのだね」
「お前、しっかり全部聞いてたんじゃねえか!」
* * *
「なるほど。嘘をついてもいい日……とは、なかなか愉快な行事があるのだね、
天真たちの世界には」
「言霊に願いを込めて、叶ってほしい事柄をあえて口に出すのでしょうか」
あかねと藤姫の到着を局で待ちながら、四人の八葉の会話は続いていた。
「いや、春になったしひとつ馬鹿なことでもやってみようぜ! っていうノリだと思うけどな」
あくまでも真面目な鷹通に、天真が面倒くさそうに突っ込む。
「でも、みんなでいろんな嘘をついたら、あかねちゃん困っちゃうかな。
八葉全員で一つだけ、とかにしませんか?」
詩紋が言うと、鷹通が大きくうなずいた。
「詩紋殿のおっしゃるとおりです。たとえどのような日であれ、
八葉が神子殿を煩わせるようなことがあってはなりません」
「やれやれ、相変わらず鷹通は真面目だね」
「あんたは単体でもじゅーぶんあかねを煩わしてるけどな」
天真の皮肉を笑って受け流し、「さて、ではどのような嘘にしようか」と、友雅は楽しげに言った。
「え〜と、神泉苑に珍しい花が咲いてるよ、とかは?」
「ああ、ならば季節の異なる萩の花などはどうでしょう?」
「桔梗とか竜胆でも面白いですよね。いっそ秋の花がいっせいに咲き出したとか?」
「……詩紋、鷹通、その嘘のどこが面白いんだ? 何のオチもねーだろうが」
憮然とした天真の声が響く。
「え? 嘘ってオチが必要なの?」
「なるほど。それはまた一段階、考えるのが難しくなりますね」
「う〜ん」と考え込む二人を見ながら、友雅が口を開いた。
「では、神子殿に帝からのお召しがあったと伝えて、美しく装わせるのはどうだろう?
たまには十二単をまとった姿も見たいからね」
「あ、僕も見てみたいです!」
「はあ〜、さすがに考えることが違うな、友雅」
「しかし、主上(おかみ)のお名前を出すことは不敬に当たりませんか?
友雅殿はともかく、永泉さまが気に病まれるように思えますが」
鷹通の意見に、盛り上がりかけた座がすーっと冷める。
「面倒くせえ奴だな、永泉」と呟いた天真は、今度は友雅に扇で小突かれた。
そのとき、軽やかな足音が簀縁の向こうから聞こえてきた。
「遅くなってごめんなさい! すごくお待たせしちゃいましたよね?」
両手いっぱいに何かを抱えたあかねが、息を切らして局に飛び込んでくる。
「み、神子様、お待ちください」
少し遅れて、藤姫が必死で追いついてきた。
「やあ、神子殿。こうして皆でかわいい姫君を待つのもまた一興。
それより君に手を貸してもかまわないかい」
「どうか、お持ちの荷物をこちらにお渡しください」
白虎の二人に手を差しのべられて、あかねは素直に持っていた包みを預ける。
美しいさくら色の薄葉の中には、ずしっと重い「何か」が入っていた。
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