掌(たなごころ)を重ねて ( 1 / 2 )

 



「ええっ?! 眼鏡壊れちゃったんですか?!」

あかねの声が土御門内の局に響く。

「み、神子殿、そのように驚かれずとも」

鷹通が手を振ってあわてて止める。

今日の彼はいつもの眼鏡姿ではなく、そのせいか少し心細げな風情だ。

藤姫が席を外しているため、局にはあかねと鷹通の二人きりだった。




「でも……大丈夫なんですか?」

「はい。多少の不便はありますが、数日で修理できるとのことでしたので」

「え〜と、でも今、私の顔、よく見えていないんですよね?」

「……申し訳ありません。ぼんやりとしか」

あかねはズイッと前に出て鷹通に顔を近づける。

「これくらいなら?」

「そうですね、おおよそのところは」

「え、まだそんな? じゃあ、このくらいなら?」

「ああ、今度ははっきりと……み、神子殿!! 近すぎますっ!!」

「あ! ご、ごめんなさい」

自分で近づいておきながら、眼鏡のない鷹通の顔のドアップにあらためて赤くなるあかねだった。




「失礼いたします! 神子様、大変ですわ!」

十二単をまとった姿で、精一杯のスピードを出して藤姫が局に飛び込んできた。

「藤姫ちゃん?」

「どうされましたか、藤姫」

御簾をくぐったところで倒れそうになったのを、鷹通が支える。

「あ、ありがとうございます、鷹通殿。
実は今、イノリ殿の子分とおっしゃる童(わらわ)が、イノリ殿が怨霊と戦っていると知らせに来られて」

「イノリくんが?!」

「場所はどちらです?」

あかねと鷹通が同時に声を上げる。

「子分殿が案内(あない)するとのことです。
あいにく武士団が父上の警護で出払っておりまして、馬が…」

「構いません。参りましょう、神子殿」

「は、はい」

バタンッ!!

次の瞬間、鷹通が大の字になって足元に倒れていた。




「鷹通殿っ?!」

「鷹通さん、大丈夫ですか?!」

藤姫とあかねが駆け寄る。

「も、申し訳ございません。意外なところに段差が」

「鷹通さん、今日は眼鏡がないんですから危ないですよ。私が一人で行ってきます」

「神子殿、そうは参りません!」

驚くほど強く言われて、あかねは目を丸くした。

「…あ、失礼いたしました。
しかし、怨霊がいるとわかっている場所に、神子殿をお一人で送り出すわけには参りません」

「それはそうですわ、神子さま。鷹通殿にご一緒していただかねば」

藤姫も傍らで大きくうなずく。

「もう醜態はさらしませんので、ともに参りましょう」

「は、はい」




二人が車寄せに出ると、イノリの子分を名乗る少年がイライラと歩き回っていた。

「なんだよ、おっせーなあ!!」

「申し訳ありません」

「急いでイノリくんのところに連れてってくれる?」

鷹通とあかねの真剣な様子に、少年はすぐに機嫌を直す。

「当ったり前だ! ちゃんと付いてこいよ、兄ちゃんと姉ちゃん!」

駆け出した小さな後姿は、都大路を逸れ、あっという間に築地塀の崩れかけた小道へと入り込んでいった。

「…!」

「あ」

少年にとっては一番の近道なのだろう。

だが、人がほとんど通らない道はでこぼこと起伏に富み、眼鏡のない鷹通には過酷なルートだった。




「鷹通さん…」

「大丈夫です。参りましょう、神子殿」

一瞬、目を細めて行く手を見渡すと、鷹通は駆け出した。

あちこちにつまずきながらも必死で体勢を保とうとするのを見て、あかねは思い切って鷹通の腕を取る。

「?!」

「私が一緒に走ります! 障害物は教えますから、よけてください」

「神子殿…!」

驚く鷹通の腕を自分の肩に回すと、あかねは自分の腕を彼の背中に添えた。

「呼吸を合わせれば大丈夫です! 私、二人三脚は得意ですから」

「二人三……?」

「行きましょう! 右にぬかるみがあるから、左に少しよけます」

そう言うと、あかねは徐々にスピードを上げる。

「…了解しました」

瞳に宿る強い意志に気圧されて、鷹通も足を速め、いつしか二人で小路を駆けていた。



* * *



「兄ちゃん、姉ちゃん、こっちだ! 早く!!」

先を走っていたイノリの子分の少年が、振り向いて必死に手招きしている。

彼の背後から、巨大な穢れた気が流れ出してくるのがわかった。

「神子殿」

「はい、鷹通さん」

息を弾ませて走りながら、二人で気を集中させる。

築地塀の切れた先、倒れたイノリに襲いかかろうとしている怨霊が目に入ったその瞬間、光の束があかねから鷹通へと注ぎ込み、凛とした声が辺りに響いた。

「来よ、久遠の光! 天輪金射!」




一瞬、世界が真白く染まり、すべての音と動きが止まる。

強烈だが、熱も風も伴わないどこまでも清浄な光。

天空からもたらされた浄化の力は、完全に怨霊の力を封じたように見えた。

が……。




「まだだ、鷹通」

不意に、聞き覚えのある声が背後から響く。

「?!」

「神子殿、もう一度頼むよ。今度は私たち二人に」

「友雅さん?!」

「友雅殿、なぜ??」

問いには答えず、薄く笑うだけの友雅を見て、あかねは戸惑いながらも目を閉じ、鷹通は小太刀を抜いた。

素早く視線を交わし、天地白虎が背中合わせに立つ。

あかねから送られる力強い五行の気が、二人を徐々に包み込んだ。




「西天小陰」

「集うがいい。金の気よ」

「「大威徳明王の力となれ!」」