願いは夜空を越えて ( 1 / 2 )

 



「わあ! きれい!!」

有川家の庭に立てられた笹は、華やかな飾りで彩られていた。

望美は感嘆の声を上げて、そばに走り寄る。

「京で作るのに比べれば、道具も材料もそろっていますからね。楽なものです」

飾り付けを引き受けた譲が、少し照れながら言った。

「そうだね、向こうではちょっと苦労したものね」

望美の脳裏に、一年前の光景が浮かぶ。

景時と朔と敦盛の手を借りて、いろいろと工夫しながら笹を飾った。

あれは、熊野に行く前のこと。




「何だお前ら、あっちにいた時も七夕を祝ったのか?」

母屋から飲み物と軽食を運んできた将臣が、呆れたように言う。

「うん! 八葉のみんなとお祝いしたよ」

「あっちでは、宮中での行事だ…って弁慶さんが言ってたけど。俺たちの方式に合わせてくれたんだ」

「源氏は余裕があったんだな」

軽くため息をつくと、将臣は庭に置かれたベンチに腰掛ける。

その瞳にかすかにやわらかい光が宿った。

こういうとき、彼の目には平家の人々の姿が映っているのだと望美も譲もわかっていた。




「……ねえ、譲くんはもう短冊書いたの?」

小声で望美が尋ねる。

「ええ。先輩、まだなら、ここに筆記具と短冊がありますよ」

譲は色とりどりの短冊と、筆ペンやフェルトペンの入ったペンケースを指差した。

「ありがとう、もらった分だけじゃ足りなくなっちゃって。じゃあ、書き足そうかな」

「ば〜か、今書くことと言ったら一つだろうが」

いつの間にか、将臣が立ち上がって腰に手を当てていた。

「え?! ま、将臣くん、まさか…!」

「志望校合格!!」と黒々とした文字で書いた短冊を、将臣は副将軍の印籠の如くかざす。

「ほかに何があるって言うんだ!」

「へへ〜っ!!」




「まったく。兄さん、それを言っちゃおしまいだろ?」

がっくり落ち込む望美をテーブルの前に座らせながら、譲がつっこんだ。

「大切なことだから言ってるんだ」

威張って宣言する将臣から、短冊を受け取る。

「兄さんもほかに書きたいことがあれば、そこの短冊使えよ」

「おう」

真剣な顔で書き始めた二人を横目に、譲は笹の横に脚立をセッティングした。

ポケットから、あらかじめ書いた短冊を数枚取り出す。




「先輩、書いてきてくれた短冊、先に飾りましょうか」

「あ、うん、ありがとう」

「おい、譲、お前の短冊見せろよ!」

「飾ってから見ればいいだろ?」

「んなこと言って、一番上の見えないところに吊るす気だろう」

図星を突かれて、譲は一瞬言葉を失った。

さすが兄、いちいち行動の先を読んでくる。

渋々差し出すと、将臣と一緒に望美も覗き込んだ。



「春日望美さんが志望校に合格しますように」




「……なんか他人行儀……」

望美のつぶやきに、譲はあわてる。

「ち、違うんです! 神様にお願いするときは、できるだけ具体的に書いたほうがいいって聞いたんです! 本当は住所まで書いたほうがいいらしいんですが」

「そうなんだ! じゃあ私、住所書く!」

笑顔になった望美は、譲からうれしそうに短冊を受け取った。

「なんだ、もう1枚あるのか?」

譲の手元を見て、将臣が言う。

舌打ちとともにさらに渋々差し出された短冊には



「有川将臣も志望校に受かりますように」



「……呼び捨てで、『も』かよ」

「先輩が受からないとこっちの短冊も無効になるんだ」

「おま…!」

「譲くん、じゃあこれ全部飾ってくれる?」

望美が虹の色のようにとりどりの短冊を差し出した。

「「!」」

内容を見て、二人は黙り込む。

定型の合格祈願以外に記されていたのは、



「異世界のみんなが幸せに暮らせますように」

「京の平和が続きますように」

「みんなが健康で暮らせますように」


そして

「譲くんと将臣くんとずっと一緒にいられますように」




「……望美……。お前、譲と付き合ってる自覚が薄すぎるんじゃねえか」

「そんなことないよ! 十分自覚してるよ!」

「だったら」

望美は突然、将臣と譲の手をギュッと握った。

「譲くんは私の大好きな人。将臣くんは私の大切な人。三人でいてこその私たちでしょう? もう離れ離れになるのは嫌なの!」

訴える望美の目は真剣そのものだった。

(そういえばあの世界でも、七夕の日に先輩は兄さんのことを思いやってたっけ)

譲は異世界での記憶を頭の中でたどる。




「……まったくお前は。そんなに一人っ子丸出しで、よく龍神の神子をやれたな」

コツンと望美の頭を小突き、将臣は苦笑いした。

「先輩、残念ながら兄さんと俺は兄弟だし、今後完全に絶縁でもしない限り、嫌でも一緒ですよ」

「……そうだとは思うけど」

「あと、お前らが別れない限りな」

「!!」

「譲くん、グーはだめ! グーはだめ!! 一応お兄さんなんだから!」

「一応って何だよ! 望美〜!!」

譲が将臣を追い回す騒ぎがしばらく続いた。






* * *



爽やかな風が、サワサワと笹の葉を揺らす。



「平家の皆が元気で暮らしていけるように」

「お世話になった人たちが、幸せでありますように」

「戦で傷ついた人たちが、笑える日が来ますように」




異世界での忘れがたい思い出の数々が、さまざまな願いを生む。

三人は無言で、今はもう会えない人たちの幸せを心から祈っていた。




鎌倉の七夕の夜は、静かに更けていった。