スチールトーク2
「すっかり春ですね」
「ほんと。草の匂いが気持ちいいね」
「空も空気も、あちらの世界のほうがきれいだったんでしょうけど、落ち着いて見上げている余裕がなかったからなあ…」
「そう? 私は結構見てたよ。ビルがないから空が広くて、空気も……」
「先輩?」
「く、空気はこっちのほうがいいかな。ずっと馬が一緒だったからね。どうしても」
「ぷっ。確かにそうですね。ずいぶん慣れましたけど」
「自分の部屋のベッドに当たり前のように寝て、当たり前のように生きて目が覚めるって、本当に恵まれたことだったんだね」
「少なくとも夜襲や悪夢の恐れはありませんから。でも……」
「何?」
「俺はみんなと一緒に迎える朝も結構好きだったかな。朝餉を用意して、あなたを起こしに行くのが……」
「う…あ…そ、それは私も好きだったかな」
「本当ですか? 何かいつも恨みがましい目でにらまれたような…」
「起こされた瞬間は不機嫌になるよ。眠いんだもん」
「何時に寝ても、必ず不機嫌でしたよね」
「う…」
「まあ、気持ち良さそうに寝てるのを起こすのは俺もつらかったけど」
「譲くん」
「はい?」
「念のために聞くけど、私の部屋に来たらすぐに声をかけてたんだよね?」
「…え?」
「起こす前に寝顔眺めたりしてないよね?」
「そ、それは……」
「いつも戸口から声かけてたけど、実はもっとそばまで来てたとかいうことないよね?」
「い、いや……」
「布団かけなおしてから戸口まで戻ったりとかしてないよね?」
「あ、あの……」
「私の目を見て答える!」
「…………すみません」
「え~~っ!? うそ~~っ!! どうしよう!!」
「せ、先輩?」
「だって大口開けたり、涎たらしたり、布団蹴飛ばしたりしてたのに~!!」
「あの……そんなの昔からで…」
「譲くん!」
「は、はい」
「子どもの時とは違うの! 乙女なの!!」
「すみません」
「お嫁に行けない」
「はい?」
「そんなとこ見られたらお嫁に行けない」
「?????」
「譲くん以外のところにお嫁に行けないからね」
「……あ!…はい……了解です…」
「なんか不公平。私ばっかり見られて。絶対譲くんの寝顔も見てやるから」
「さすがに……お嫁に来たら見られるんじゃないでしょうか」
「そうかなあ。ちょっと自信ないなあ」
「ははは……」
「そうだ、目をつぶってみて」
「え? ここでですか?」
「うん。寝顔見た気になれるから」
「あの……そういう問題では…」
「お願い!」
「はあ…………これでいいですか?」
「……!!」
「せ、先輩?!」
「!!」
「どうしたんです、急に抱きつい……」
「ごめん! ごめん! もう頼まない!」
「泣いてるんですか? どうして…?」
「……!」
「…あ……」
「…………」
「……先輩は……俺の死に顔を見てるんでしたね…」
「…………」
「……大丈夫ですよ。やっと先輩に気持ちが通じたのに、俺、死んだりしませんよ」
「…………」
「先輩より絶対長生きしてみせます」
「……それは無理だよ…」
「どうしてですか?」
「だって、私ってよく食べるしよく寝るし、あんまり悩まないし、どう考えても譲くんより長生きするタイプだよ…」
「…自覚あるんですね」
「…!」
「でも大丈夫です。俺は先輩遺して死ぬなんて真似できません。心配で心配で」
「譲くんがいなくなったら、私、すぐ死んじゃうもん」
「だったらなおさら、遺してなんかいきません」
「約束だよ」
「はい。でも、俺もすぐいきますよ」
「だめって言っても聞かないよね」
「聞きません」
「じゃあ、待ってる」
「はい……あとは……」
「?」
「お嫁に来た先輩が、万が一俺の寝顔を見ても悲しくならないよう、派手にいびきをかく練習でもします」
「え~!? い、いいよ、そんなことしなくて!!」
「だって、悲しませたくないから」
「そばで大いびきかかれたら別の意味で哀しいよ!」
「そうですか?」
「そうだよ!」
「じゃあ、やめときます」
(しかし……まだキスもしてないのに、どういう会話してるんだ、俺たち。と、ちょっぴり哀しくなる譲であった……)
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