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砂糖蜜な二人 9 (2 / 2)

 



「景時、この謀反人達をさっさと始末なさい。特にあの礼儀知らずの神子を」

 青筋浮かべる頼朝の隣で、政子が命じた。

「女の嫉妬は醜いな」

 将臣がボソリと言うと、譲が望美をかばうように抱き寄せた。

「いくら先輩の無垢な可愛らしさに人気を奪われて嫉妬したからって、殺すことはないでしょう! 
貴女も年の割りには若づ……キレイなんだからいいじゃないですか!」

 譲の叫びに、政子の額にも青筋が浮かぶ。

「譲、いくらなんでもそれは違うだろ」

 すかさず将臣が突っ込みを入れた。

 ああ、やっとまともな発言か、と思いきや。

「お前、尼将軍のイメージで言ってねぇか? アレは三十路前だぞ。28だか9だか」

「え? アレで?」

 譲が目を瞬かせると、望美が笑って言った。

「景時さんと同い年なんだね。景時さんも妙に若作りだけど」

「あー、あの年代って、落ち着きがねぇのか?」

「若ぶりたい年頃なのかなぁ」

 将臣が頷きながら言うと、望美がのほほんと答えた。

 現代人の身分ガン無視な率直すぎる発言というのは、本当にやっかいで。

 十代の学生にとって、三十前後は立派なオバさん。

 しかも比較対照が、現代の栄養たっぷり美肌対策しっかりアンチエイジングきっちりな女性達ときているから、辛辣だ。

「じゃぁ、先輩の純粋な可愛らしさに嫉妬しても無理ないか。三十前(アラサー)でアレじゃハンパでイタイ。
せめて大人美人か可愛い系か、言動を決めればいいのに」

 見た目だけ取り繕ってもムダ、と容赦の無い評価を下す。

「望美は単にガキっぽいだけだろ」

「無邪気で可愛いじゃないか。若さが内側からあふれていて」

「まぁ、目の下にクマなんかないからな」

 将臣の言葉に、政子があわてたように顔に手を当てた。

「というか、あの年齢で先輩みたいな可愛らしさを求めるのは無理だろ。同じ言動をされても、不気味なだけ」

「年っつか、見た目? 可愛い系じゃねぇよな。つーか、お前、本当に望美以外の女には容赦ないな」

「失礼な。礼儀正しい人には、礼を尽くすよ。朔とか」

「朔はもともと、可愛くて美人だろ」

「落ち着いてて、色気もあるしね。少しは見習えばいいのに。いい年して」

 譲が呆れたように言うと、クン、と着物の袖を引っ張られた。

「先輩、どうしました?」

「…その、譲くんは、朔みたいに、色っぽい女の子が好き?」

 望美が顔を赤くしながらも、少し不安げに譲を見る。

 譲は驚いた後、照れながら答えた。

「え? えっと、朔は綺麗で色っぽいですけど、俺は……どちらかというと」

「いうと?」

「先輩みたいに、可愛くて色っぽい人が、好きです」

「え? 私、色っぽい?」

「ええ…その、時々、はっとするくらい、綺麗で……見惚れてしまう」

「うそ」

 望美が驚いて言うと、譲はわずかに顔を赤くして、望美を見つめた。

「本当です。とても、可愛い……」

「……恥ずかしいよ、譲くん」

 甘い笑みで見つめられ、譲の着物を掴んだまま、望美が顔を赤くして俯いた。

 再び周囲に振りまかれる光る砂糖。




「相変わらずだな、あいつらは」

「ふふ、可愛いわ、望美」

「朔は綺麗だぜ?」

「もう、将臣殿。からかわないで」 




 赤くなって譲の着物の袂を掴む望美と、同じく頬を染めて将臣と話す朔。

 その姿は、とても可愛らしいものであったけれど。




「うわ……」

「景時殿、可哀想に」

「頼朝が蒼褪めている」

「彼は自業自得でしょう」

「自分の奥方くらい、あしらえっての」




 政子が真っ黒な顔で、扇を握る手に力を込めるものだから、今にも扇が折れそうで、ミシミシと音を立てている。

 景時はもちろん、隣にいる頼朝も、彼女が放つ黒い気配に怯えている。

「鎌倉殿に対する非礼の数々、許しません。景時、さっさと片付けなさい!」

「はっ、はい!!」

 再び銃を構える景時に、神子二人が叫ぶ。

「景時さん、待って!」

「兄上、やめて」

「俺には、こうするしかないんだ」

 景時が引き金に指をかける。

「やめてください、景時さん!!」

 譲も懸命に呼びかけたが、止まるわけがなく、引き金が引かれた。

 船の揺れで軌道がずれたのか、船べりに焦げ跡が付いた。
 


「「「どうして!!?」」」



 悲しげに、苦しげに、切なげに、3人は叫んだけれど、答えは返らない。

『お前達のせいだろ』

 という言葉は、景時、頼朝、および他の八葉たちの胸の内にしまわれた。

「とにかく逃げるぞ! って、知盛! この船から逃げんな!! 船動かすの、手伝え!!」

 将臣は3人を船の奥へ押しやり、反対側の船縁から飛び降りようとしていた知盛を捕獲し、船を動かした。

 これから、長い逃亡生活が始まる。




「で、何で兄さんは彦島(ここ)に居たんだ?」

「おま、今更それを聞くか!? でもって、今それを聞くか!?」

 舵取の邪魔するなと、将臣が言う。

「ほれ、望美が落ち込んでるぞ! 慰めてこい!」

「はっ、先輩!!」

 ポツンと船の先端に居る望美に、譲が駆け寄る。

「先輩、大丈夫ですか?」

「あ、うん。少し不安で…ダメだよね。景時さんが居なくて、朔の方が辛いのに。譲くんだって、対がいなくて、不安でしょう?」

「俺は、大丈夫です。ずっとお世話になった方ですから、敵対したのは心苦しいですけど……」

「私がもっとしっかりしてれば、こんな風にならなかったかな…」

「源氏のお家騒動まで、先輩が責任を感じる必要はないですよ。あんなの、ただの嫉妬なんですから」

「嫉妬…」

 望美が突然黙り込んだので、譲が心配そうに顔を覗き込んだ。

「先輩、顔が赤いですけど、熱があるんじゃ…」

「あ、その、えっと」

 熱を計る為に額をくっつけようとした譲と顔が近くなり、望美が慌てる。

「今日は、いっぱい可愛いって言われちゃったなって」

 望美が赤い顔で、もじもじと着物の袂を弄る。

「そ、それは!」

「政子さんに反論するためでも、嬉しかった」

 嬉しそうに微笑む望美に、譲も赤くなる。

「いえ、その、理由なんてなくても、先輩は可愛いから、そう、言いますよ」

「ほんと?」

「はい。俺にとっては、誰よりも可愛い女性です」

「わ、私も…譲くんにそう言ってもらえると、一番うれしい」 

「先輩…」

「譲くん…」




「だーから、何であそこで抱き締めねぇんだよ、あいつらは」

 舵を取りながら離れた所から二人を見ていた将臣が、溜め息を吐きながら言った。

「神子と譲は仲良し。いいね」

「邪魔しちゃだめよ、白龍。それにしても、もどかしいわね。将臣殿、どうにかしないの?」

 朔は二人の邪魔をしないように白龍を引き止めながら、将臣に問い掛けた。

「下手に手を加えると拗れるんだよ。放置しかねぇ。ってコラ、また逃げようとするんじゃねぇ!」

 朔に答えながらも、再び海に逃げようとした知盛の首根っこを捕まえる。

「白龍、見張っててくれ」

「見張る?」

「望美のためだ」

「神子の? わかった」

 くるくると知盛を紐で縛り上げ、白龍に引き渡す。

 仮にも家族として暮らした相手に、将臣も容赦がない。

 そんな様子を、さらに離れた位置から見守る者たち




「景時があちらに付いた気持ちが、少しだけ理解できる」

「少しですか。僕はかなり理解できますが」




 夜が更けた海の上。寒さが増したはずなのに、周囲を巻き込む熱気を放つ二人から目を逸らしつつ、八葉達はこれからいかにあの蜜を避けるかを話し合うのだった。











 

 
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