砂糖蜜な二人 5 (1 / 4)

 



「望美が一番好きな人は誰?」

「譲くんと朔だよ」


 熊野水軍に協力を得るために旅をする途中、将臣をひっかけて、やってきたのは龍神温泉。

 湯に浸かりながら、戸板の向こうの会話を聞いて、バシャンと音を立てて沈んだのは一人だけ。

 他の人間は、だろうな。自覚はあったのか。など、それぞれに感想を抱いた。


「私と譲殿が同じなの?」

「うん♪」

「でも、同じように好きなわけではないでしょう?」

 朔の問い掛けに望美はキョトンとした。

「男性として意識するのは誰? と言う意味で聞いたのだけれど」

「…………考えたこと、なかった」

 望美の言葉に朔は苦笑して、逆上せないうちに出ましょうか、と湯を上がった。




 その夜は宿に泊まることが出来た。

 朔と同じ部屋で寝転がりながら、望美は朔に言われたことを考えていた。


 男性としてって、恋人としてってこと?

 譲くんをそんな風に考えたことなかった。

 けれど、一番好きなのはと聞かれたら、やっぱり譲くんで。

 譲くんが恋人……?

 恋人っていうと、デートしたり。


 譲くんと一緒に出かける場面が頭を過ぎる。

 うん、いつも通り、ほわほわして楽しい。


 でもって、手を繋いだり。

 同じく譲くんと手を繋いで歩く場面を想像する。

『転ばないようにしましょう』

 嬉しいけど……子供みたい、かなぁ。

 譲くん、心配性だから。


 さらには、キス、したり?


『先輩』

 穏やかな声と笑顔が脳裏に現れる。

 優しく頬に触れる指先。近付いてくる顔。

 そこまで考えて、望美は真っ赤になった。


 そ、そういえば、三草山で、事故とはいえキスしちゃったんだ……

 あの時は突然で、びっくりしたけど。

 でも、全然嫌じゃなくて。

 後からすごくドキドキして。

 でも抱きしめられたのは嬉しくて。

 ああ、そういえば、馬の上でも譲くんに抱きしめられて眠ってしまったんだ。

 譲くんの腕の中は、温かくて、心地よくて。

 これって、これって、『そういう好き』なの?

 でもでも、譲くんとは昔から一緒で……


『大好きですよ、先輩』


 いつもの優しい笑顔と声を思い出して、望美は赤い顔でもだもだした。




「おはよう、望美。今朝は早いのね」

 自分より早く起き上がっていた望美に、朔が驚いたように声を掛けた。

「あ、うん」

「望美……もしかして、寝ていないの?」

 目の下に隈を作っている望美を見て、朔が不思議そうに言う。

「その、考え事してて……」

 望美がおずおずと、朔の顔を見上げる。

「あの、ね。朔。その、男性として意識するって、恋って、どういうのかな」

 目元を赤く染めて、もじもじしながら望美が言うので、朔が苦笑気味に答えた。

「そうね。好きな人に抱きしめられれば心地よいし、ドキドキする。

その人が他の女性を見詰めたり、抱きしめたりしたら、心が痛い。

そんな気持ちじゃないかしら」

「で、でも、それなら家族を取られたくないって言うのも、あるんじゃない?」

「私には分からないわ。少なくとも、兄上が他の女性を抱きしめても、私は平気よ。むしろ、早く嫁を取れ、と思うけれど」

 朔が肩を竦めた。

「恋にはいろんな形があるというから、聞いてみたらどうかしら」

「朔は?」

「私は……そうね。その人が居なくなったら、生きていけないと思ったわ」

 切ない顔をした朔を見て、望美が口ごもる。

「さ、もうすぐ朝餉よ。顔を洗ってきましょう」

「うん」



 譲くんが居なくなったら。

 生きていけない、とは思わなかったけれど。

 それは、平気という意味ではなくて。

 そんなことを考える余裕もなかった、というか。

 あの時、一人逆鱗で元の世界に戻ってしまった時。

 ここじゃないと、そう思った。

 私が帰りたいのは、ここじゃないんだと。

 生きている彼に会いたくて、会いたくて、ただ必死に祈って。

 そうして再び宇治川で出会うことができたときは、思わず抱きついてしまった。

 これって、恋なの?