砂糖蜜な二人 3

 



 三草山の戦はおおむね平和だったと言えよう。

 山ノ口で空の陣を見抜き、本陣を見つけ移動。

 三草山の山頂で火を放たれ兵を分断され、鹿ノ口で経正と戦い、なんとか平家を撤退させた。

 火に巻かれて、撤退を命じられ、どうにか陣へ戻ろうとした兵たちは怨霊に襲われ、命辛々に陣へ戻っていた。

 たった数行で表したものの、実際の被害はとんでもなく、現に軍師である弁慶は、今は薬師として駆け回っている。

 ちなみに、三草山の頂上で後退した兵たちには火傷と凍傷という矛盾する傷を負っている。

 火を消すのに、朔が遠慮なく月影氷人を放ったからだ。

 山頂では和解しそうだったのに、突っ走った九郎が衝天雷光を連発し、それを止めるために弁慶が容赦なく地久滅砕をしかけ、焦った景時が尊星王招請を連打。

 それらを見て白龍が無邪気に龍神咆を放った時は眩暈がし、面白そうに眺めているだけのヒノエをボカリと殴り、強制的に鎮めるために譲が天輪蓮華をぶっぱなす、などということがあったが。

 それでも譲にとってはおおむね平和だった。

 望美が無傷だったからだ。

 減った矢を補充しながら譲は思う。

 暗がりで射抜いたあの兵士達は本当に平家の兵だったのだろうか。

 平家の兵だとして、やはり死んだのだろうか。

 あの時は何も考えずに、考えないようにしていたが、やはり……



「譲くん」



 柔らかな声が聞こえ、譲は思考を鎮めた。

 師に学んだ技で望美が守れた。それだけでいいではないか。

 元気そうな望美を見て、譲が嬉しそうに微笑む。

「どうしました、先輩」

「あの、ね。一緒に来てほしいの」

 そっと譲の袂を掴む仕草が愛らしくて、譲は望美の頭を撫でた。

「はい、いいですよ」

 譲は立ち上がると、望美を促して歩き出した。





「ここまで無視されると清清しいね」

「普段の行いでしょう」

「神子と譲は仲良しだねv」

 後には呆れるヒノエと、冷ややかに言う朔、微笑む幼い龍神が残された。






「先輩、あまり陣から離れないほうが」

 人気のない道を進む望美を心配して譲が言うが、望美は何かを探しているのか道端をきょろきょろと見ている。

「あ、いた!」

 望美が駆け寄った先を良く見ると、人が倒れていた。

 抱き起こそうとする望美を制止し、そっとその人物の容態を見る。

 怪我をしているようだが、この衣装は……

「先輩、彼は?」

 この状態で男と見抜くのはさすがだなぁ、と場違いな感想を抱きながら、望美が言う。

「うん、あのね、陣に連れて行きたいの」

「は?」

 譲は硬直した。




 知り合いなのか!?

 でも、どう見ても源氏ではない。

 もしも平家なら、陣へ連れて行ったらどうなるか。

 手柄を上げるつもりなのだろうか。

 いやいや、先輩がそんなことを考えるわけがない。

 と、すれば、先輩は純粋に彼を助けたがっている。

 しかもわざわざ探しに来て。

 まさか、先輩の……




 譲の思考があらぬ方向へ暴走し始めたとき、望美が倒れている少年の左手をとって、その手のひらを譲に見せた。

「この人、八葉なの。だから」

「あ……そう、ですか」

 ほぉっと大きく息を吐き出し、譲は手のひらの宝玉を見た。

「天の玄武、ですね」

「すごい、譲くん。よく解るね」

「嵐山で勉強しましたから。先輩の役に立てば、と思って」

「譲くん……」

 ほんのりと赤くなって目を潤ませて感動する望美。そんな彼女に照れたように頬を染めて横を向く譲。

 ここにヒノエが居たならば、怪我人の前で何やってんのアンタたち、と突っ込んだだろうが、あいにくといるのは気絶している少年・敦盛だけだ。

「わかりました。八葉ならば、先輩に必要ですね。連れて行きます」

「ありがとう、譲くん。疲れているのに、ごめんね」

「いいえ、先輩のためならいくらでも頑張れますよ」

 ここでも甘ったるい空気を出しつつ、譲が敦盛を軽々と横抱きにした。

 これが先輩だったなら、と思ったのは秘密だ。

 そんな様子に、いいなぁ、私もして欲しい。女の子の憧れだもんねっとこっそり思ったのも、秘密らしい。





 そうして怪我だらけの薄幸な少年敦盛を連れ帰ったら、当然の如く九郎とひと悶着。

 何しろ、和解して双方撤退しようとしたのを無視して平家と戦った男だ。

 どう見ても貴族――将レベルの容貌の不審者を受け入れるわけがない。

「手当てしても無駄だ! 情が移ったらどうする!」

「情ならもう移ってます!」

 望美の発言に譲が凍るが、空気を読まない二人は言い争いを続ける。

「平家なら、鎌倉に送致するのは当然だろう!」

「彼は八葉なんですよ!」

「そんな言い訳ができるか!」

「してください」

 ここで口を挟んだのが譲だ。

「譲、お前まで!」

「八葉は神子の盾であり、剣である。リズ先生が言っていたでしょう?」

「それがどうした」

 リズヴァーンの名前を出されて、不機嫌そうに九郎が言う。

「言葉どおり『盾』なんです。八葉はそれぞれ神子を守る要素を備えています。
それは他の八葉や龍神でさえ、代われるものではない。
先輩がこの先、力をつければつけるほど、その守りの力は重要になってくる。
彼がいなくなることで、先輩の守りが欠けるのは許せません」

 にこりと、けれど冷ややかに言い切られ、九郎がぐっと押し黙る。

 半分は八つ当たりなのだけれど、それに本人すら気付いていない。

 この望美バカめ、と誰もが思った。

「まぁまぁ、怪我人の枕元で言い争いはそれくらいにして」

「弁慶!」

「ここは僕に任せて、ね」

 貸しにしておきますと、譲と望美に微笑んで、弁慶は九郎を天幕から連れ出した。

 譲はそれを見送り、ひとまず大丈夫そうだなと、ため息を吐いた。

 あの弁慶が言ったからには、きっと言いくるめてくれるだろう。

 ああ言ったが、まだ譲は目の前の少年を信用できていない。

 当たり前だろう。

 言葉すら交わしたことのない相手、ましては敵将らしい人物に、大切な望美を任せられるわけがない。

「せめて、彼が先輩を守る意思を示してくれたら……」

「譲くん?」

「あ、いえ、それなら、九郎さんにももっと上手く言えたのにな、と思いまして」

 苦しげに微笑む譲に、望美がぎゅっと自分の胸元を掴む。

 自分は譲に甘えてばかりだ。

 三草山の行軍の最中でも、譲は望美を気配り、奇襲をかけるために移動しているときも、こっそりと矢を放って敵を退けてくれた。

 そのたびに、痛そうな顔をしながら、それでも迷わず射抜く矢の軌跡が、ひどく美しく、そして切なかった。

 思えば逆鱗を貰ったときもそうだ。

 燃え盛る梶原邸へ朔を助けようと、止める譲を言い含めて入っていって。

 挙句彼は自分を守って微笑んで倒れた。



 行って下さい、先輩。貴方は、どうか



 そこで途絶えた言葉。



 どうか、幸せに。



 私はいつも譲くんを傷つける。



 ぽろり、涙がこぼれた。



「先輩!?」

「ごめんね、譲くん」

「どうして先輩が謝るんですか!?」

「だって、いつも譲くんに迷惑かけて、苦しめて」

 ぎゅっと抱きついてきた望美に驚きながらも、譲はやさしくその背を撫でた。

「迷惑だなんて思ったことはありません。今回の説得はちょっと大変かもしれませんが……それでも先輩が他のだれでもなく、俺を頼ってくれたことは、嬉しいです」

「譲くん……」

「俺たちは、その、幼馴染で、家族みたいなものでしょう? 遠慮なんてしないでください」

 家族みたいなもの、ということばに、チクリと痛んだ胸。

 その理由に気付かずに、望美はそっと譲の胸に凭れた。

「ありがとう。いつも……いつも、ありがとう」

「先輩……」

 譲は望美が落ち着くまで優しく背を叩いていた。

 そうして落ち着いたら、今度は先ほどの疑問が頭によみがえった。

「あの、先輩」

「なぁに?」

「その、彼が、好き、なんですか?」

「え?」

 きょとんとして抱きついた状態のまま譲を見上げると、譲は顔を逸らして早口に言った。

「だって、その、情が移った、なんていうから」

 恋人なのかと……と呟いた譲に、望美が目を見開いて言う。

「違うよっ その、八葉で、仲間だから、情が移ったって言っただけで! 子犬が可愛いって思うようなものだよ!!」

 背伸びをして譲の顔に顔を寄せて望美が言う。

「そうですか……よかった」

 にこっと微笑む譲に、望美が真っ赤になった。

 子犬はねぇだろ、と突っ込みをいれつつ、ヒノエはもくもくと敦盛の看病をしていた。

 そこへ、朔と水を汲みに行っていた白龍が戻ってきた。

「あ、神子、私も~v」

 望美が譲に抱きついているのを見て、白龍が楽しそうに、後ろから勢い良く望美に抱きついた。

 望美は爪先立ちで譲に抱きついていて、不安定だった。

 そして、二人の顔は極限まで近付いていた。

 結果。



 ドタッ

 ちゅ



 唇をくっつけて転がる二人+α

 しばらく固まっていた二人だが、朔に大丈夫?と楽しげな声をかけられて、ようやく意識を取り戻し、ものすごい勢いで離れた。

「ごごごごめんね、譲くん!!」

「いいいいえ、おおおおれこそっ」

 あまりの動揺っぷりに、二人とも呂律が回っていない。

 首まで赤い譲と望美を、白龍が不思議そうに見ていた。

「あ、あの、これは、事故、ですから!」

 ノーカウントで!と言う譲に、望美もこくこくと頷く。

「でも……」

「先輩?」

 やっぱり女の子にはショックだっただろうか、と譲が不安そうに見ると、望美がほんのりと赤くなって呟いた。

「譲くんでよかった」

 譲が再び首まで赤くなる。

「せ、先輩っ」

「あ、だって、その、変な人とか、ヒノエくんじゃなくて、譲くんでよかったって思って、その、か、家族、みたい、だし!」

「そ、そうです、よね。うん、家族、みたい、だから」

 ぎぐしゃぐと赤い顔で言い合う二人。




「オレは変な人と同列かよ」

「事実ですわね」

 嫌そうに言うヒノエをズバッっと朔が切りつける。

「神子と譲は仲がいいね。よかった」

 白龍がにこにこと言うと、二人はさらに赤くなった。





「あの光景に巻き込まれなかっただけでも、感謝してください」

「わ、わかった」



 天幕の外では、弁慶が黒い笑顔で九郎を説得し、九郎は胸焼けしたように、しゃがみこんでいた。





11.07.04 総







 

 
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