眠れぬ夜には ( 1 / 2 )
今夜もあの夢を見るのだろうか…。
知らず知らずのうちに深いため息が洩れた。
夜の訪れが苦痛になり、最近では眠るのが怖くさえなっている。
安らかに眠れたのはどのくらい前のことだろう。
「せめてテレビなり音楽なりで時がつぶせたら違うんだろうな…」
ひとりつぶやいた言葉を木の影で聞いている人間がいることに、譲は気づいていなかった。
* * *
深夜。
山中の旅では常となった野宿。
たっぷり薪をくべた火を囲んで、誰もが静かな寝息を立てている。
「少しでも眠らなきゃ…」
いざというときに動けなければ、あの人を守れない……
自分に言い聞かせるように、譲は身を横たえた。
そのとき、意外なほど近くで何かが動いた。
「!」
声をたてるより前に、ささやきが耳に届く。
「譲くん」
「先輩?!」
つられて、思わずささやき返していた。
うなされて迷惑をかけないよう、譲はいつも皆から少し離れて眠っている。
火の向こう側で朔と寝ているはずの望美からは一番遠い。
「寝ぼけたんですか? 先輩が寝ていたのは…」
「違うよ!」
まるで隠れるようにかぶっていた着物から顔を出して、望美が反論した。
「あのね、今日は私が隣で寝るよ」
「はい?! え? ど、どうしたんですか?!」
うれしさと困惑が頬を染める。
同時に、「期待するな!」「誤解するな!」という叫びがいつものように心の奥から響いてきた。
「譲くん、最近あんまりよく眠れてないでしょ」
「え…」
望美にだけは気づかれたくなかった。
だが、どこかで喜んでもいる。
「あのね、私、神子の力っていうのがどんなものかよくわからないんだ。
でも多分、譲くんがぐっすり眠るお手伝いくらいできると思うの」
火を背景にしているので、望美の表情はほとんどわからない。
だが、真剣な瞳が自分を見つめていることだけは感じられた。
「先輩…」
「だから今夜は隣で眠るね。はい、手を出して」
「手?」
言っているそばから、望美が譲の手を取ってしっかりと握った。
「敦盛さんを本宮に連れて行ったときも、こうして結界を越えたんだよ。
だから手をつないでいれば大丈夫。さ、寝よう」
譲の手を取ったまま、ひとりで着物にくるまって横になってしまう。
「せ、先輩」
つながれた手が暖かい。
どうやら反論の余地はないらしい。
「あ…ありがとうございます…」
やっとそれだけ言うと、譲も横になった。
すぐそばに、望美がいる。
かすかに甘やかな香りさえ漂って来る。
(気遣いはうれしいけど…多分一睡もできないだろうな)
早鐘のように打つ自分の鼓動を聞きながら、譲は思った。
スウッと、望美の寝息が聞こえ出す。
穏やかな旋律。
つながれた手は少し緩んだが、相変わらず離す気配はない。
同時に、譲の意識も徐々に眠りの中に引き込まれて行く。
(あれ? 俺、眠るのかな)
こんな千載一遇の機会に、眠ってしまうなんて…と思いながら、心はふわりと夢の世界に溶け込んだ。
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