癖 ( 1 / 3 )

 



「その癖、将臣君と同じだね」

望美が微笑みながら言った。

「え?」

何のことかわからずに譲が問い返す。

「首の後ろに手を当てるとこ。将臣君は照れたときとかによくやるけど、譲くんはどっちかっていうと困ったときにするかな」

「癖……」

思わず自分の手のひらを見つめる。

言われるまでまったく気づかなかった。

そんなことまでわかるほど、この人は兄さんを見つめているのか。

今は八葉から離れている将臣の存在の大きさに、胸がじゅっと焦げる気がした。

「譲くん?」

望美が俯いた顔を覗き込んでくる。




「いえ……やっぱり身近で暮らしていると、仕草とかも似てくるのかもしれませんね」

何でもないことのように、少し微笑んで答えた。

なのに、相変わらず望美は視線を逸らさない。

「……先輩?」

「……ごめんなさい」

「え……?」

睫毛を伏せて望美が続けた。

「私、まずいこと言っちゃったんだよね。無理させてごめんなさい」

「どうしたんですか?」

彼女の反応が理解できず、今度は譲が望美の顔を覗き込んだ。

しばらく逡巡した後、ポツリとつぶやく。

「それ……譲くんの癖だから」

「癖?」

ようやく顔を上げて視線を合わせる。

「私を安心させようとして嘘をつくとき、必ずそうやって笑うよね」

「!!」




いつから…この人は気づいていたんだろう。

譲は自分の認識不足を反省した。

いつも微笑んで、屈託なく話しかけてくれるから、自分も本当の気持ちを隠して、できるだけ明るく、何でもないように振る舞う……それが望美への基本的な態度になってしまっていた。うまく仮面をかぶれていると思っていたのに。

「どうして…そんなこと…」

否定も肯定もできず、曖昧に返事をする。

譲の顔をじっと見たまま、望美は言った。

「譲くんが八葉のみんなと話すのを見ていて気づいたの。ヒノエくんや景時さんと話すときには、絶対そんな顔しないよね。もっと怒ったり笑ったりストレートに出すもの」

「そ、それは……」

急に視線を落とすと、沈んだ声で言う。

「私……私だけが譲くんに無理させちゃうのかな。だったら哀しいな」

「愛しい姫君と話すときには、言葉だって表情だって変わるものだろう?」

いきなり、ヒノエの声が割って入った。




「ヒ、ヒノエ!」

「ヒノエくん!」

振り向いた先には、いつもの余裕綽々の笑顔。

いつから聞いていたのか、譲と望美のいる簀子縁にふいっと下りてきた。

「ねえ、姫君。オレだっておまえと話すときと、譲と話すときは違う顔のはずだぜ」

いきなり望美の頤に手を伸ばし、顔を自分のほうに向けさせる。




「ヒノエ! 先輩から離れろ!」

譲が慌ててその手を払った。

「おいおい、オレは助け舟を出してやったんだぜ。ここは感謝するところだろう」

「そんな舟ならいらない。溺れたほうがマシだ」

望美を背にかばいながら、譲が断言する。

「よく言うぜ」

クスクスとヒノエが笑った。

「まあ、そういうわけでさ、神子姫様。男っていうのは女の前では格好をつけたがるのさ。強がったり、平気なフリをしたり」

「そう……なの?」

言葉の後半では、譲のほうに目を向けて望美が尋ねる。

「そ…それは……」




「しかし妬けるね。望美はそんな癖までわかるほど、譲を見てたってことかい?」

「えっ!?」

ヒノエのほうを振り向いて、望美が頬を真っ赤に染めた。

「そ、そんな、私は別に」

「じゃあ、オレの癖はわかる?」

言われて望美が固まった。

それをニヤニヤとヒノエが観察する。

「あ、口笛を吹くよね! 感心したときとかに」

うれしそうに望美が言うと、チッチッとヒノエが人差し指を左右に振って却下する。

「駄目だよ、そんな半刻も一緒にいればわかるような癖。もっと、望美とオレだけが知っているような……」