ジュリアスさまのお誕生日

 

8月16日。

執務時間の後、光の守護聖の誕生日を祝うパーティが、聖殿で華やかに催されていた。




「ジュリアスさま! お誕生日おめでとうございます!」




乾杯とともに、参加している女王候補、守護聖たちが声を合わせて祝いを述べる。

しばしの歓談の後、もうこれ以上は待ちきれないという様子で、それぞれがジュリアスへのプレゼントを披露し始めた。




最初に運び込まれたのは、大きなバスケットにあふれるほど盛られた色とりどりの食材。

女王候補の1人、ロザリアが頬を上気させてその前に立つ。

「実家から最高級の食材を取り寄せましたの。ジュリアスさまのお屋敷の料理人にお渡しくださいませ」

もちろん、ジュリアスがトリュフやテリーヌといった美食を好むことを知った上でのプレゼントだ。

実家の財力や家柄をかさに着ないよう日ごろから厳しく指導しているジュリアスも、今日のロザリアからは純粋な好意を感じたらしい。

素直に「そなたはさすがに目が高いな」と礼を言った。




バスケットに続いて運び込まれたのは、薔薇や百合、蘭、カラーなどを丈高く活け込んだ美しい花篭。

その影からもう1人の女王候補がおずおずと進み出た。

「私、マルセルさまにお手伝いいただいて花篭を作ってみたんです。ジュリアスさまのお気に召せばうれしいのですが…」

ロザリアの豪華なプレゼントに気圧されたのか、語尾が小さく消えてしまう。それを励ますように、緑の守護聖が口添えした。

「僕はお花を提供しただけです。気高くて華やかなアレンジにしたいって、アンジェ、すごく頑張ったんですよ」

「高貴な花々の姿と香りは私の好むところだ。すまぬな、アンジェリーク」

滅多に見られない、まぶしいほど柔らかな笑みが、それを見つめる女王候補の瞳をも輝かせた。




大ぶりの箱を持参したのは炎の守護聖。かたわらには得意げな顔の夢の守護聖が立っている。

「俺とオリヴィエからは馬具をお贈りいたします」

「もちろん超一流のブランド物だよ~ん☆」

箱から取り出された見事な鞍と鐙を見て、ため息と歓声が上がる。

思わず手を伸ばして感触を確かめたジュリアスも、「ほう…革も縫製も最高級だな」と感心せざるを得なかった。




憧れを込めた目でそれらの馬具を見送った風の守護聖は、、平らな包みを元気よく差し出した。

「俺たちからはダーツのセットをプレゼントします! 俺は不器用なんでもっぱら材料調達でしたけど。細工はゼフェルが徹夜でやったんですよ」

「余計なこと言うんじゃねーよ、ボケナス野郎!」

いつにも増して目が赤いような気がしたのは、そのせいか…と納得しながら、ジュリアスは包みを解いた。

白と金のベースに、鮮やかな青のラインが引かれたダーツの的と、同系色で仕上げられた羽根が姿を現す。

鋼の守護聖が、贈る相手を喜ばせようと努力したことは明らかだった。

あのゼフェルが…。

「手作りか…この上なくうれしい贈り物だ」

ジュリアスの言葉に込められた感慨を、その場にいた全員が共有した。




…しばしの沈黙の後、夢から覚めたように地の守護聖が歩み出た。

「あ~私とリュミエールからは特製の羽根ペンと便箋をお贈りしますよ。あなたが毎日一番長い時間使うものですからね~」

かたわらの箱から、純白の羽根に金の細工をほどこした美しいペンと、上部に優雅な鳥の姿を描いた便箋が取り出される。

「僭越ながら、神鳥をあしらわせていただきました」

デザインを担当した水の守護聖が、かすかに頬を染めながら言った。

日ごろはいろいろとぶつかることの多い相手だが、その芸術性は本物だ。

自分が好む神鳥をこれほど優美に意匠化できるとは。

「これは美しい…私一人が使うのではもったいないな」

心の底からそう思って、ジュリアスは言った。




「ちょおっと~リュミちゃ~ん! 私の便箋もデザインしてよ☆」

美しい物をわが手にせずにはいられない夢の守護聖が早速交渉を開始する。

「極楽鳥をあしらうのか?」

オスカーのツッコミを真に受けて

「それは…どうでしょう」と、戸惑う水の守護聖。

そんな中堅組のいつもの会話を聞きながら、自分の心に一点、曇りがあることにジュリアスは気づいていた。

ここにいない者がいる…。



* * *



数時間後、女王候補と年若い守護聖たちが部屋に引き上げるのを見届けてから、ジュリアスはパーティ会場を後にした。

自分のためのパーティとはいえ、やはり疲れる。それに……。

「あの者が現れぬのはいつものことではないか」

思わず声に出して言っていた。

そう、闇の守護聖は、自分はもちろん、女王補佐官が招集する公式な集まりにさえ顔を出さないことがしばしばあった。

ましてや普段から仲の悪い自分の誕生パーティになど…。




…とはいえ、気の遠くなるような長い年月を、最も自分の身近で過ごしてきたのもその闇の守護聖なのである。

サクリアの強さも、潜在能力も、首座の守護聖に劣らず持っていながら、いつも虚無の殻に閉じこもり、最低限の役割さえ果たそうとしないあの男。

そして何より気に入らないのは、振り回されるのが常にジュリアスのほうだということだった。

職務をまっとうしようとすれば、嫌でもかかわらざるを得ない。

あちらは何を言っても、何が起きても、われ関せずで涼しい顔をしているというのに…!




知らず知らず音高く聖殿の廊下を歩いて、自分の執務室の前まで来ていた。

隣の執務室はいつものように静かな闇に閉ざされ、主がいるのかどうかさえわからない。

ひとつため息をついて、ジュリアスは自分の部屋の扉を開けた。




違和感。

誰かがいる?

人影が静かに動いた。

そして、低い声がささやくように問いかける。

「……パーティは済んだのか」




「クラヴィス! そなたいったいここで何をしている?」

あまりの意外な出来事に、ジュリアスは思わず声を荒げていた。

怒られ慣れているのか、闇の守護聖は顔色ひとつ変えずに答える。

「別に…屋敷まで訪ねるほどのことではないのでな…。置きに来た」

ゴトリと重たげな瓶がマホガニーの執務机に置かれる。

そのラベルに、ジュリアスは見覚えがあった。




「これは……私の出身地の酒か」

領地の中に豊かな葡萄畑を抱く彼の生家には、家紋を記したワインが常に届けられていた。

まだ、このようなワインが存在していたとは。

では、自分の係累は今も生き続けているのか…?

「たまたま手に入った…。もっとも、故郷を離れたのが5歳では味に覚えもなかろうが…」

微かに皮肉な笑みを浮かべると、クラヴィスはまっすぐ扉に向かっていった。

ためらいのない後ろ姿に、ジュリアスは声を投げる。

「待て」

「…不要ならその辺に捨てろ」

「そうではない」




少し意外そうな表情を浮かべて、クラヴィスはようやく振り向いた。

その目を正面からとらえ、ジュリアスはきっぱりと言う。

「私には一人で酒を飲む習慣はない。贈った者の責任だ。ともに飲んでいけ」

「…………」

二人の視線が正面からぶつかる。

やがて……長すぎるほどの沈黙の後、表情をまったく変えずに闇の守護聖はつぶやいた。

「厄介なものを選んでしまったようだな…」





扉の中から、グラスや椅子を並べる音に交じって聞こえる。

「できれば酒の席での説教はなしに…」

「今日は私の誕生日だ。そなたに選択権はない」

「……」

といった会話に思わず微笑むと、リュミエールはかたわらのオスカーにささやいた。

「今日はわたくしたちに出番はないようですよ、オスカー」

「う~む。こっちも勝手に飲むか」

へばりついていた扉から身を離し、ひとつ伸びをして炎の守護聖は言う。

「賛成~☆」

明るい声で賛同するのはもちろんオリヴィエ。

「こういう話題の時だけついてくるな!」

普段はジュリアスの執務室に寄り付きもしない夢の守護聖に皮肉をかますと、それなりに仲のいい中堅組は聖殿の廊下を去っていった。




光の守護聖さま、お誕生日おめでとうございます。





 

 
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