雛の祭り

 



京都・元宮家


「鷹通さん、いらっしゃい!」

「お邪魔します、あかねさん。お招きいただいてありがとうございます。今日はお母上は?」

「今、買い物に出てます。もうすぐ帰ってくると思いますよ。コート、預かりますね」

「ありがとうございます。ああ! こちらですね!」

「はい。うちのお雛様は、この間デパートで見たものほど立派じゃないけど」

「いいえ、とても美しいです。……本当に……宮中を模した人形なのですね」

「藤姫を初めて見たとき、『お雛様みたい』って思ったんですよ。
土御門殿の調度品にも、似た物があったでしょう?」

「そうですね。角盥や高杯、鏡や火桶まで……。
……京の文化が、このような形で受け継がれていようとは思いもしませんでした」

「ひなあられと菱餅と白酒も用意したので、今日はここでお祝いをしましょう! 
ちょっとだけ京に戻った気分になって」

「ありがとうございます。『女の子の節句』にお邪魔するのは心苦しいですが」

「鷹通さんは私のお内裏様だから……」

「はい?」

「な、何でもありません! あ! ぼんぼりに灯り入れなきゃ~」

「???」



* * *



東京・デパートのショーウインドー前


「う~ん……やっぱり幸鷹さんのほうが男前だなあ……」

「私が? 何ですか?」

「キャ! 幸鷹さん、来てたんですか!?」

「お待たせして申し訳ありませんでした。ウインドーの雛人形を見ていらしたのですね」

「は、はい。何となく懐かしくて」

「それで、私が何だと?」

「ゆ、幸鷹さんはこの辺歩いている人の中では、誰よりもこういう装束が似合うのに、
なんかもったいないなあって。絶対このお内裏様より素敵ですよ」

「……それは……ありがとうございます」

「京にいる間に、こういう格好したところも見たかったなあ。きっと格好良かったんでしょうね」

「……わかりました。では、こうしましょう」

「え?」

「結婚式は神前式に決定です。私もあなたの十二単姿が見てみたいですしね」

「ええっ?! じゅ、十二単っ?! ていうか、け、結婚式っ?!?」

「十二単を扱う式場は限られるでしょうから、今から検討したほうがいいかもしれません。
花梨さんならこの女雛の何倍も美しいことでしょうし」

「ゆ、幸鷹さん、落ち着いて! そんなプレッシャーもかけないでください~!!」

「本心ですよ。あまりお待たせするのも失礼ですから、そろそろご両親にご挨拶を……」

「もう、格好なんていいです! そのままの幸鷹さんが一番です!」

「ありがとうございます。では、デートに参りましょうか」

「…………あ」

「結婚式は、本気ですよ」



* * *



鎌倉・春日家


「お邪魔します」

「そういえばこの家に入るのも久しぶりだな」

「キャ~ッ、いらっしゃい~~!!!」

「先輩、明らかに料理のほうに挨拶してますね」

「ああ、わかりやすいな」

「入って入って! もう用意もばっちりしてあるよ!」

「って、食器並べただけだろうが! 中身は全部譲まかせかよ」

「何? 私が何か作ったほうがよかったの?」

「どーもすみません。失言でした」

「お雛様きれいですね」

「そういえばあっちで見慣れた物も結構飾ってあるのな」

「いやん、もうどれもおいしそう! このちらし寿司かわいすぎ! 
あ~、はまぐりのお吸い物大好き~!!」

「これ、右近の橘、左近の桜っていう奴か。京で見たな」

「右大臣・左大臣って弓矢を持っていたんだ。今まで気づかなかった」

「うそ! 桃の花の形のクッキーだ! かわいすぎる~!! 
え~、こっちは菱餅型のケーキ?! 信じられない!!」

「……先輩、一人娘だから親御さんも奮発してこんな立派な雛人形買ったんでしょうね」

「まあな。本人はまったく関心ないみたいだけどな」

「ねえ、もう食べようよ~! ひな祭りの歌、みんなで歌ったらスタートってことでいい?」

「スタート?」

「望美、ここは食い放題の店じゃねえぞ」

「せ~の! 灯りをつけましょぼんぼりに~」

「「聞いちゃいない」」



* * *



橿原・女王夫妻の私室


「! 忍人さん、どうしたんですか?! その大きな包み」

「……持たされた」

「持たされたって、誰に?」

「……最初は風早が、『今日はお祝いだから千尋に持っていけ』と。
それを見ていた夕霧が、『魔除けになるからもっと持っていったほうがいい』と。
あとはサザキや布都彦や遠夜や、終いには柊まで面白がってどんどん持ってきて……」

「何を?」

「……これだ」

「うわあ……! 桃の花ですね! こんなにたくさん!!」

「さすがにそのまま持って歩くのははばかられたので、包んできた」

「きれい! いい香り! どうやって飾りましょうか?」

「見当もつかん」

「ありったけの土器に水を張って挿そうかな! きっと、桃の畑にいるみたいになりますよ」

「それは俺がやる。それより、祝いとは何だ?」

「…………桃の……お祝い? あ、雛祭りだ! 懐かしいな」

「雛祭り?」

「女の子の健やかな成長を祈って、『雛人形』という人の形の飾りを置いてお祝いするんです。
一緒に桃の花も飾って」

「そうか。人形というのは残念ながら用意できないが、ほかに必要な物はあるのか?」

「………………」

「千尋?」

「…………じゃあ、今日は向かいの席じゃなくて、私の隣に座ってもらえますか」

「もちろんだ。……まさか、それだけでいいのか?」

「はい。それが一番のお祝いです」

「変わった祭りだな。……千尋? 顔が赤いぞ?」

「き、気のせいです! さあ、桃の花を飾りましょう!」





どの世界でも、頑張る女の子が幸せになれますように。
どうかよい雛祭りを!




 

 
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