花を愛でる心
「え?! うそ、それ切っちゃうの?」
譲が庭の花の手入れをしていると、後ろから声が上がった。
「先輩」
花の剪定の手を止めて振り向く。
「だって、つぼみも付いてるよ。これから咲くんだよ」
譲の横にかがみ込んで、望美は訴える。
「仕方ないんですよ。全部のつぼみを残していると、養分が足りなくなっちゃうんです。そうすると、どの花もきれいに咲かなくなりますからね」
「…でも……」
これから咲こうとしている花や、伸びようとしている芽を摘むのは、望美にとっては耐えがたい行為のようだった。
京邸の庭では、春先の草花が咲き始めている。
「…残酷な気がしますか?」
譲の声のトーンが変わった。
望美はなぜか、ドキンとする。
「え? ううん、そこまでは思わないけど、やっぱりかわいそうな気がして」
あわてて見上げた譲の顔は、ひどく静かで穏やかだった。
「そう…かもしれませんね」
再び手を動かしながら言葉を続ける。
「でも、ひとつの花を守り、きれいに咲かせるためには仕方ないことなんです。そのためには、ためらっていられませんから」
迷いのない手つきで、残す花と切り落とす花を黙々と選んでいく。
それを望美はじっと見つめていた。
「…ごめん」
「え?」
しばらく後、突然望美が言った。
「…どうしたんですか?」
沈んだ声に驚いて、譲は向き直る。
「…私……今まで、花って水をあげて、肥料をあげて、お日様が当たればきれいに咲くんだと思ってた。でも、こんなふうに……つらい選択をしながら育てるものなんだね」
「先輩…」
じっと花を見つめる望美の目は、その向こうに別なものを見ている気がした。
痛々しさを感じて、譲は声の調子を明るくする。
「環境にもよるんですよ。花の種類にもよるし。野辺の花は、放っておいても結構きれいに咲きますからね」
「え?」という顔で、望美がこちらを見る。
「庭を整えようとしたら、場所や形にもこだわるし、どうしても手をかけざるを得ないでしょう? こういう花は、手をかけられるのが前提の種類だし」
「…そっか。お嬢様なんだね」
くすっと譲が笑う。
「先輩は、野辺の花のほうが気が合うみたいですね」
「そ、そんなことないよ。譲くんがきれいにしてくれる庭も大好きだよ」
望美が顔を真っ赤にして反論した。
また、手元に視線を戻しながら譲が言う。
「俺は…せっかく育ってきた花を確実に咲かせてやりたいから…。野辺では生存競争も激しいでしょう? 日差しが足りなかったり、水が足りなかったりして枯れてしまう花も山ほどある。だから、この庭に咲く花だけは、みんなきれいに育ててやりたいんです」
「…なんか、譲くんらしいね」
気づくと、望美がじっと顔を覗き込んでいた。
顔が赤くなるのをごまかすため、眼鏡のブリッジを指で上げる。
「そうですか?」
「そうだよ」
いきなり望美が立ち上がった。
「先輩?」
満面の笑顔が向けられる。
「剣のけいこ、してくるね。今、私がみんなの役に立てることってそれくらいだから」
「そんなこと」
「お花、楽しみにしてるね。きれいに咲かせてね」
そう言い残すと、望美は小走りに去っていった。
その後ろ姿を見送りながら、譲はひとりつぶやく。
「…かわいそう…か」
足下に散らばる剪定された茎や枝。
そこについている、咲くことができたかもしれないつぼみ。
両手で拾い集めながら、譲は目の前にいない望美に話しかける。
「…大切な花を守るためなら……俺は、ほかの枝や葉やつぼみを切ることをためらったりしません。その…切られる葉が自分自身だったとしても……あなたを守るためなら…」
庭の隅にひっそりと咲いた菫が、吹き抜ける春風にそよいだ。
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