現代人トーク2 ( 1 / 2 )

 



「将臣殿は、普段、神子殿とご一緒ではないのですか?」

望美と談笑した後、将臣が南斗宮の庭に出ると、そう話しかけられた。

声のする方角に立っていたのは、天の白虎、藤原幸鷹。

天の白虎は弟の譲も含め3人いるが、一番年長の彼は際立ってしっかりしているように見える。




「まあな。俺には八葉以外にもいろいろと野暮用が多いんだ」

「八葉の勤め以上に大切なこと…ですか」

「…そうだ」

非難を予測した将臣の耳に入ったのは、意外な言葉だった。

「…そうですね。八葉になったからと言って、それまでの仕事を投げ出せるわけではない。悩ましいことです」

「…へ?」

庭を歩きながら、幸鷹が続ける。




「私は検非違使別当という、警視総監と最高裁判事を兼ねたような役職に就いています。さらに、内裏での中納言と言う役割もある。帝を補佐する、内閣の一員でもあるのです」

「あ〜……。すげえわかりやすい説明サンキュ。でもどうしてそんなたとえができるんだ?」

「私も将臣殿と同じ世界の出身ですから」

「………マジで?」

「はい」




重大な事実を告げているにもかかわらず、幸鷹の表情は穏やかだった。

「私が異世界に召還されたのは15歳のとき。以来、8年を京で過ごしてきました」

「8年……」

自分が過ごした3年の厳しさを考えると、気の遠くなるような時間。

将臣は思わず黙り込んだ。

「私は恵まれていたのです。すぐに養父母と巡り会い、記憶を封じられて、京の貴族として育てられたのですから」

「…記憶を、封じられた…?」




幸鷹が将臣の目を見つめる。

「15歳の私の精神は、たった一人で京に来たことに耐えられなかった。衰弱していく私を見るに見かねて、養父母は現代の記憶を封じたのです」

「………で、花梨に会って思い出したのか?」

「すぐに、ではありませんが、結果的にはそうです。神子殿のお話を聞き、ともに行動するうちに、見たことも聞いたこともないはずの事物の記憶が蘇りはじめ、ついに呪いが解けました。自分が違う世界から来た人間であることを、思い出したのです」




すっかり黙り込んだ将臣に、幸鷹はほほえむ。

「記憶を失うことなく、異世界を独りで生き抜かれた将臣殿には感服いたします」

「…俺は……1人じゃなかった。望美と譲も、きっとどこかにいると……信じてたから」

何度も何度もくじけそうになりながら、それだけを縁(よすが)に生きた。

その希望がなければ、生き抜くことなどできなかった。




「京にいる時間が長ければ長いほど、自分が果たすべき役割は増えます。ですから、八葉の任に専心できない将臣殿の苦悩は理解できます」

「ん……? ああ、いや、別に苦悩ってほどじゃないが」

話題が戻ったのに気づき、将臣は答えた。

「俺の本拠地は京じゃないからな。なおさら望美と一緒にいるのが難しいんだ」

「そうですか…」




しばらく無言で歩き、二人で池のほとりに佇む。

長い沈黙の後、将臣が口を開いた。

「帰りたいとは……思わないのか?」

「……どうでしょう」

穏やかな声で幸鷹が答える。

「私がいることが、京の状況を改善し、養母の慰めにもなる。そう考えると、簡単に帰るなどと口に出せません」

「あんた、一人っ子か?」

突然、将臣が聞いた。

「元の世界で、ですか? いえ、兄と姉がおりますが」

「そうか…」

池の彼方に視線を投げながら、将臣は続けた。

「俺にも、譲がいる。せめてあいつだけでも帰してやれれば、親も気が休まるだろう。もともと俺は、あまり家にいないタイプだったしな」




「あなたはお帰りにならないのですか?」

幸鷹の静かな質問に、顔を向けないまま答える。

「わずか3年でも……俺は……」

将臣は自分の手をじっと見た。

今は何も付いていない手。

だが、人の血の熱さを確実に覚えてしまった手を。

「……源平の合戦の世は、現代とはあまりに違う。生きるためにたどった道を恥じる必要はありません」

まるで自分の心の声が聞こえたかのような幸鷹の言葉に、思わず顔を上げた。

「私にも覚えがないわけではない。生きるため、守るために必要なこともあるのです」

「はは……」

幸鷹の目を見て、将臣は少し気弱に笑う。




「将臣殿…?」

「いや……。あんたに言われると、少し気が軽くなるな。今まで、自分で自分に言い聞かせるしかなかったからよ」

苦笑。

しかし、その微笑みの奥の苦悩が、幸鷹には手に取るようにわかった。

「将臣殿。自分の思いを縛ってはいけません。そのような理由で、帰還をためらわれるのなら……」

「サンキュ、幸鷹。だが誤解しないでくれ。俺が帰れないのは、あんたと同じ理由だ。俺がいることで救われる人間、俺を頼って生きている人間が結構な数いる。ありがたいことに、たった3年で結構な子だくさんなんだよ、俺は」

「……そう……ですか」

まるで自分のことのように、胸に痛みを感じながら幸鷹は目を伏せた。