不思議な感覚 ( 1 / 3 )

 



「あっ!!」

「朔!!」

短い悲鳴の後、華奢な身体が崩れ落ちる。

景時が、即座にその傍らに駆け付けた。

二人をかばうように、八葉たちが怨霊への攻撃を集中させる。

「すべてを照らす太陽よ 闇を祓え 天輪蓮華!」

「北天老陰、水の気よ」

「今、ここに集い来たれ」

「「金剛夜叉明王の下に!」」

ほどなく、望美のひと薙ぎで禍々しい気は浄化された。



「朔! 朔、大丈夫?!」

剣を鞘に納めるや否や、望美は倒れたままの朔に駆け寄った。

「望美、ごめんなさい、怨霊の攻撃を受けたわけじゃないの」

苦痛に顔を歪めながら、朔はそれでも微笑もうとする。

同じく駆け寄った弁慶が、素早く彼女の傷をあらためた。

「ああ、避けようとして足をひねったんですね。

折れてはいないようですが、すぐに冷やしたほ うがいい。
邸で湿布を調合しましょう」

「じゃあ、オレが馬のところまで背負っていくよ」

景時はそう言うと、朔に背を差し出した。

「あ、兄上!」

「恥ずかしがってる場合じゃないだろ? 大体子どものころはよく…」

「もう、余計なことは言わないでください!」

顔を赤くしながら景時に背負われると、朔は戦場を後にした。

九郎に許可を得た弁慶も付き添う。



「では、俺たちだけでもう少し浄化を進めるか。構わないな、望美」

朔の後ろ姿を心配そうに見守っていた望美に、九郎が声を掛けた。

「は、はい」

「先輩、弁慶さんと景時さんがついていれば大丈夫ですよ」

譲に微笑まれて、望美はようやく息をついた。

「そう……だよね」



「神子、朔殿のために少しでも浄化を進めておくのがいいと思う」

「私も神子のために頑張る」

敦盛と白龍の言葉に大きく頷くと、望美は前方を見つめた。

「じゃあ、前に進みましょう。邸に戻ったとき、朔にいい報告ができるように」

「…それでいい」

リズヴァーンが青い目を細めて、静かにつぶやいた。



* * *



「うわあ、痛そう。朔、熱とか出てない?」

その晩、弁慶特製の湿布を巻いて横たわる朔の額に、望美が手を載せた。

「大丈夫よ。弁慶殿が苦くてよく効く薬湯を作ってくれたから、捻挫以外の症状はないわ」

「う、うええ」

「何なら望美さんにも作りますよ。疲れが吹き飛ぶ特製の……」

天使の微笑みを浮かべる弁慶の申し出を、望美は両手をブンブン振って全力で断った。

「だ、大丈夫です! 私、いつでも殺しても死なないくらい元気ですからっ!!」

「おや、残念ですね」



二人のやりとりに苦笑しながら、譲が口を開いた。

「朔、とりあえず明日からは、俺がこの部屋に食事を運ぶよ。
欲しいものがあったら、何でも遠慮なく言って…」

「譲くん、それは私の役目だよ!」

望美があわてて口を出す。

「あ、そうか。女性同士のほうが気安いですよね」

「譲殿、何を言っているの? 
私、しばらく外には出られないから、その分厨の仕事はしっかりするつもりよ」

「朔、その足じゃ無理だよ〜」

朔の言葉に景時があわてた。



「兄上、立ち仕事は無理ですけれど、下ごしらえとか、できることはいくらでもあります」

「でも……」

「譲殿一人に全部やらせるわけにはいかないでしょう?」

「あ、じゃあ朔、私が代わりに……」

「「「「!!!」」」」

「望美はそんな時間に起きられないでしょう? 戦闘で一番疲れるのはあなたなんだから」

「そ、それはそう……だけど」



もっと不穏なことを口に出しそうになった八葉たちは、ほっとしたように言葉を引っ込めた。



「だったら朝に、朔ちゃんを厨に運ぶのはオレに任せてもらおうか」

突然部屋に現れたヒノエが、「当然」と言わんばかりに艶然と微笑んだ。

ため息をつきながら弁慶が口を開く。

「君はすぐ姿を消しますからね。まったく頼りになりませんよ」

「あんただって九郎の邸にいるほうが多いだろうが」

「あ〜、ヒノエくんも弁慶も、気持ちはうれしいんだけどね。
朔にはオレという兄がいるんだから、その役目はオレが」

「……景時殿は明日からしばらく、大蔵御所に詰められる予定だと
九郎殿が申されていたが……」



敦盛の控えめな声に、景時は顔色を変えた。

「え? あ! そ、そっか〜、で、でもね、個人的に朱雀の二人は…」

そこまで言ってはっと気づいた景時は、傍らの譲の手を両手でガシッと握る。

「そうだよ、譲くん! 君が一番適任だよ! 
毎朝君が厨に行くときに、朔を連れて行ってくれれば何の問題もないだろ?」

「え? は、はい。俺でよければ……」

「オレは君がいいんだ! 君以外には考えられない! 
いや〜、さすが同じ白虎、頼りになるね〜。異論はないよね、みんな!!」

景時の異様な迫力に押されて、全員が頷いた。

もちろん望美も、その時はそれがベストだと思ったのだが……。