『遙かなる時空の中で4』

忍人×千尋

 


2012年神無月・地




堅庭で休息する君を少し離れて警護する。

こくりと頭が落ちたので近づくと、苦しそうに眉を寄せてうたた寝していた。

ただの少女が生死にかかわる決断を下すつらさ。

すべてわかった上で俺は叱咤することしかできない。

上着を掛けながら、束の間の眠りが安らかになることを願う。






「橿原宮が落ち着いたら、ペットが飼いたいな」

「日向や狗奴がいるんだからもう十分じゃないの?」

「ひどいよ、那岐!」

「こちらの世界に猫はいないですからね」

「猫はいいの、風早。気まぐれでのべつ寝てる子は間に合ってる」

「…ちょっと、二人で僕を見ないでくれる?」




そぞろ

「風早、姫の熱は?」

「まだ高いので、遠夜が付いてます」

「食事は?」

「カリガネが」

「…そうか」

「忍人、明日もしっかり休むよう千尋に言ってもらえますか」

「わかった!」

ようやく自分にできることを見つけた将軍は、一目散に走り去る。

狗奴たちの苦笑にも気づかずに。




上辺


彼女はあらゆる感情がそのまま顔に出る。

王としては致命的だ。

喜び、怒り、悲しみ、そして…。

「忍人さん!」

私室に戻った俺の胸に飛び込むとき、全身で表す深い愛情。

君はそれでいい。

上辺を取り繕う必要などない。

将としてあるまじき感情を、俺は今日も抱いてしまう。





2012年霜月・天


苛立ち


私の言動をことごとく否定して、

世間知らずの小娘がという非難の眼差しを向けてくる葛城将軍。

一番腹が立つのは、彼の指摘がいちいちもっともなことだ!

あ~悔しい!

いつか絶対に見返す!

あの口に「君が正しい」と言われたら、私はきっと…

きっと、とても幸せ…。






中つ国の残党が起こす暴動の様相が変わってきた。

報告を受けながらアシュは気づく。

「まさか本気で国の再興を目指すとでも?」

高千穂で出会った少女が、その中心にいるのだろうか。

「リブ、出かけるぞ」

説明抜きでマントを手に、幽宮を出る。

あの蒼い瞳に無性に会いたかった。






「二ノ姫」

(君はその場所に生まれただけだ。何の力もないただの娘だ)

「二ノ姫」

(自分の立場を考えろ! 君は将なんだぞ!)

「千尋」

「…やっと忍人さんに私のことを呼んでもらえた気がします」

「どういう意味だ?」

「姫って呼ぶ時、言外に意味込めすぎるんだもん」

「?」




まわる

「ねえ風早、破魂刀を使うとき、クルっと回るのやめれば

忍人さんはもうちょっと体力温存できるんじゃないかな」

「え? いや、それは」

「問題はあの怒りんぼにそれをどうやって伝えるかだな~」

「案外気にしてるんですね、千尋」

「べ、別に、ちょっと思っただけ!///」





2012年霜月・地




「俺は君の臣下だ。君が与える命には従う」

「じゃあもっと『千尋』って呼んでください」

「それは臣下の役割じゃない」

「笑ってください」

「それも違う」

「どういう命なら従ってくれるんですか!」

「王としての命だ!」

「じゃあお婿さんになってください」

「それは…構わん」




招く

高千穂の空を飛びながらサザキはカリガネに話しかける。

「やっぱり姫さんが一番だな! よし、春になったらさらいに行くか!」

「春にはどうせ会える。橿原に招かれているからな」

「招かれてる?」

「姫と葛城将軍との婚礼に」

「………」

「サザキ、いきなり墜落するな」






「風早、龍の姫にはまだ色気というものが足りん。これから開く蕾だな」

「アシュ、君の言い方はどうかと思いますが、千尋はもっともっと美しくなりますよ」

「楽しみだと思わんか、葛城将軍」

「俺は今のままで構わん」

「「……」」

「失礼する」

「…もしかしてもう惚れてるのか」









 
素材提供:うさぎの青ガラスさま