『遙かなる時空の中で3』

譲×望美

 

2012年神無月・地




誰にも魔が差す瞬間がある。

朝、起こしに行った先輩の寝顔があまりに愛らしくて、

微笑むように少し開いた唇に思わず口づけてしまった。

いつもとは違うキス。

そのまま声を掛けずに厨に戻ったけれど、朝餉に現れた先輩の頬は薔薇色で、

「起こす」役割は無事果たせたらしい。




羨む

「お隣ってだけで仲良くできて羨ましいよ!」と、また言われた。

うちの高校では、将臣くんと譲くんが人気ナンバーワンらしい。

でもね、二人とも完全に家族だから。

むしろ高校生になってから出会った人のほうが羨ましいよ。

そのうち彼女のこととか相談されちゃうのかな~…。






「キャ!」

夜道で躓いた先輩を支える。

「大丈夫ですか?」

「うん。今夜はちょっと暗いね」

見上げた空には細く白い月。

「俺はやっぱり満月が好きだな」

言ってから先輩を見ると、顔が赤い。

「ごめん、私の名前、満月って意味だから」

ええ、もちろんそういう意味ですと心で呟く。




蝕む

圧倒的な力が私を押しつぶし、心を蝕んでいく。

想いも記憶も奪われて、消えていくしかないの?

暗い淵に飲み込まれかけたとき、力強い声が耳を打った。

「あきらめるわけないだろうっ!!」

異国の神から自分を取り戻し、譲くんとともに生きる。

私は最後の戦いを決意した。





2012年霜月・天


ぽかり


百万歩譲って一緒に寝るのは我慢する。

だが

「私も神子と一緒に温泉に入る~」

「は、白龍、お前、いい加減に…!!」

ぽかり。

痛みに振り返ると、兄さんが立っていた。

「譲、気持ちはわかるがマジになりすぎ」

「え」

「神子、譲が怖い~」

涙目の白龍が先輩に抱きついていた。






「そばにいるだけでいい、なんていつまで言ってるんだ?」

「ヒノエ」

「ほかの男のものになった姫君を見続けるなんて拷問だろ」

「…」

「だからオレが望美を熊野に攫っていってやる。お前には二度と会わせない」

「お前の励まし方はわかりにくいんだよ」

「誰が励ましてるって」






「仮にうちの息子が望美ちゃんと結婚するとしたら、どっちがいい?」

「ええ? そうねえ、譲くんは理想のお婿さんよね。

でも将臣くんもすごく魅力的だから…

ま、うちの娘には二人とももったいないわよ!」

ハハハと豪快に笑う母親たちの声を聞きながら、硬直する三人だった…。




唯一

毎晩悪夢にうなされながら、先輩を救う方法はそれしかないと思っていた。

けれどあなたが俺を好きと言ってくれたから。

俺は俺を生かす方法も考えなければならなくなったから。

あの黒い矢を放つ源を絶つ。

夢の中では一度も成功していないけれど、必ず奇蹟を起こしてみせる。





2012年霜月・地




「あなたはいつもそうだ。俺の気持ちをわかっていないのか。

わかっていてこんな残酷なことをするのか」

大好きな譲くん。

まさかそんな風に思われるなんて。

「あなたが好きだった」

始まりになるはずの言葉に終わりを告げられるなんて。

翻弄されているのは私も同じだよ、譲くん。




第六感

「追い詰められると何かが閃くのよね」

「望美は入試、それで突破したようなもんだからな」

「将臣くんはどうなのよ」

「俺は本気になると、何でも一度で覚えられる」

「…凡才の俺はひたすらコツコツ努力させてもらうよ」

先輩二人の役に立たない助言に、譲はため息をついた。




疼く

この世界に戻ってすべてはリセットされたけれど…。

「ないはずの傷が疼くことってありますよね、確かに」

譲くんは言う。

戦闘の中で負った怪我の数々。

私は広い背中に頬を寄せた。

ここが切り裂かれたことだけは私の記憶の中にとどめよう。

一度あなたを失った心の傷とともに。






「絶対何かいるよ、あの部屋~!」

「お前、毎日怨霊退治してて何言ってるんだ」

「それとこれとは違うよ、将臣くん!」

「とりあえず俺が見てきますね」

「わ、私も行くよ、譲くん」

「でも」

「腕にしがみついてていい?」

「え? あ、はい!」

「わかりやすく元気になるな~、譲」