『遙かなる時空の中で3』

譲×望美

 

2012年卯月・地


夢中


兄さんが考えた新しい遊びは、望美ちゃんをすぐに夢中にさせる。

僕にはそんなこと、絶対にできない。

「譲くん、ほら見て、すごいでしょ?」

太陽みたいに笑われて、望美ちゃんはいつでも3人で遊んでいるんだと気づく。

僕もいていいの? 尋ねる代わりに一生懸命笑って見せた。






「どうした?」

少し不思議そうに俺を見上げる望美に尋ねる。

「ううん。でも本当にすごく……久しぶりだなと思って」

再会の後、俺たちは熊野の海辺を歩いていた。

以前は当たり前に立っていたこの場所。

だが、お前の「隣」はいつの間にか俺の場所じゃなくなっていたらしい。





自分がピンチヒッターでしかないのはわかっていた。

だから、兄さんと先輩が二人で歩きだしたとき、その背を追う気にはなれなかった。

また元の位置に戻るだけなのに、こんなにも心が痛い。

あなたの隣で声を聞き、笑いかけてもらえたことが、俺をすっかり贅沢にしてしまったのだ。





「え? 先輩?」

意外そうな譲くんの声。

隣に立った私を驚いて見つめている。

 「いいんですか? 今日から兄さんが加わったのに」

「うん、頼もしいよね」

大きな剣を担って、マイペースで歩く将臣くんを振り返る。

「さ、行こう!」

私の声に、譲くんが少し赤くなった気がした。




役得

寝相の悪い先輩を毎朝起こしに行くのはそれなりに覚悟がいる。

単衣を持参して、とりあえずそれを被せてからようやく視線を向ける。

寝顔はいつでもこの上なく幸せそうで、俺は多大なる罪悪感と戦いながら声を掛けるのだ。

「おはようございます、先輩。朝御飯できてますよ」





2012年皐月・天


かえる


将臣

「小学生のころ、望美のランドセルにカエルを入れて驚かしたことがあったんだ。

そうしたら、『カエルがかわいそうでしょ!』って怒られたのにも驚いたが、

翌朝俺のランドセルにカエルが10匹も入ってたのにもっと驚いた。

わが弟ながらマジ怖い奴だぜ…譲」







「やっぱりいいね~、鯉のぼり」

「ちゃんと上げるの何年ぶりかな。五月人形も蔵から出して飾りましょうか」

「ううん、あれはいい! 鎧とか武具とか見たくないから」

「先輩」

「あ、譲くんの弓は別だよ!」

「はい。…じゃあ、ちまきと柏餅でお祝いしましょう」

「うんっ!」





デートでいきなりおしゃれするのは照れくさい。

でも、あなたがきれいな人に目を奪われていると悲しくなる。

「…譲くん?」

「あ、すみません。先輩、ああいうの嫌いじゃなければ今度贈らせてください」

「え」

「何見てもあなたに似合いそう…とか考えちゃうんです、俺」

…馬鹿。







「先輩」

「譲くん? そんな所でどうし…キャ」

塗籠の中に引き込んだあなたを抱きしめる。

「好き」と言われてからも、まるで木漏れ日のように掴みどころがなくて。

こうして確かめないと全てが夢のような気がするから。

誰にも触れられないよう、見上げる唇に封印の呪いを施す。





「将臣くん、元気そう」 「封を開く前にわかるんですか」

遠い南の島から届けられた書状。

「だてに幼なじみやってないよ」

懐かしい文字から、明るい笑顔があふれてくる。

「きっと会いにいこうね」

「そうですね。にしても筆で顔文字書くなよ、兄さん」

「え? ダメ?」 「先輩…」






「譲くん!」

「先輩! 髪、結ったんですか」

「うん、景時さんが髪留めを作ってくれたの」

「…そうですか」

「でね、せっかくだから譲くんに何か花を挿してもらえばって言われて」

「え?!」

「何がいいかなあ?」

「そ、そうですね。えっと(後で景時さんにお礼言わなきゃ!)」





2012年皐月・地


男前


先輩が人一倍男前な性格なのは、子供のころからよくわかっている。

けれどその凛々しさの影で、悩んだり泣いたりしていることも俺は知っている。

だから今日も涙に気づかないふりで、後姿に声をかける。

「先輩、ホットミルク飲みませんか?」

よかった。少し微笑んでくれて。






「こんなに大規模な金環食、平安時代の終わり以来なんだって」

日食グラスを掲げたまま、あなたが言う。

その指には天空に輝く金環にも似た細い指輪。

「じゃあ、兄さんも見たかもしれませんね」

俺は揃いの指輪をはめた手をかざして、遙かな時空にいる懐かしい人を想う。






まっすぐな眼差しを受け止めきれないとき、つい眼鏡のブリッジに手をやってしまう。

心の内に隠している想いを見透かされないように。

「コンタクトにしないの?」なんて、無邪気に聞かないでください。

この「盾」なしであなたの前に立つ勇気は、今の俺にはないのだから。






有川家で朔と。

「ここに来ればみんなに会えるけど、譲くんはずっと傍にいてくれたからなんか遠くなっちゃった気がして」

「望美、寂しいのね?」

「そう…なのかな。やっぱりまた一緒に住むしかないかな?」

ガラガラガッシャン!

「譲! しっかりしろ!」

「弁慶、気付け薬を!」