地上の星 ( 1 / 2 )

 



「うわあ、きれい…!」

「まるで空の星が地上に降りてきたようですね」

目の前に広がる見事なイルミネーションを見て、あかねと鷹通は感嘆の声を上げる。

普段はいろとりどりの花々が咲く公園で、クリスマスシーズンだけ特別に行われるライトアップ。

郊外にもかかわらず、美しい光景を見るために多くの人々が詰め掛けていた。




光は時間の経過とともに色を変え、時に流れるような動きを描き出す。

「天の川の中にいるみたい! すごく幻想的ですね!」

はしゃぐあかねの手を、鷹通はそっと握った。

「?」

「すみません。けれど牽牛と織女のように、離れ離れになってはいけませんから」

「あ……! は、はい、そうですね」

手袋越しに温もりが伝わってくる。

あかねは鷹通に身を寄せると、もう一方の手も彼の腕に添えた。

傍らにいられる幸せを、ゆっくりと噛み締めながら。



* * *



「ねえ、今日、『図書館の王子』がカウンターにいるらしいよ!」

「ええっ? じゃあ私、何か本借りようっと」

「私返しにいこう! 期限過ぎてるから何かしゃべれるかも!」

にぎやかにおしゃべりしながら、女子大生たちが傍らを通り過ぎていく。

制服にコートを羽織ったあかねは、鷹通と合流するため、同じキャンパスへの道を辿っていた。

「図書館の王子って……まさか…ね」

入学前からアルバイトをしていた国文学部の専門図書館で、鷹通は今も働いている。

最近では、中央図書館の手伝いもするようになった……と言っていたのだが。




正門に着き、あかねは鷹通が通う大学の建物を振り仰いだ。

壁面の大きな時計が現在の時間を告げている。

午後5時10分。

待ち合わせの時間は、鷹通のアルバイトが終わる午後5時30分だ。

その後、一緒に行きたいところがあるからキャンパスまで来てほしいとのメールが届いていた。

「ちょっと早く着きすぎちゃったかな」

何度か訪ねているとはいえ、制服姿で大学の中を歩き回るのは避けたい。

自販機でココアを買うと、コートを着たまま学食の隅で口をつけた。

年齢は1、2歳しか違わない生徒も多いはずなのに、大学生は誰も彼もとても大人っぽく見える。

特に女性は、きれいにメイクして流行の服を身に着け、花が咲いたように美しい人が多い。

(こんな中に毎日いて、鷹通さん、平気なのかな……)

髪も爪も、特別に装うことをしていないわが身を振り返り、あかねはため息をついた。




約束の5分前。

中央図書館に一歩踏み入れたあかねは呆気にとられた。

受付カウンターに鷹通の姿があったからではない。

その前にできた行列の長さに、だ。

見事に女子のみが、アイドルの握手会か何かのように鷹通の前にズラリと並んでいた。

もちろん受付にはほかの担当者もいて、男子学生や職員らしき人たちはそちらで手続きをしているのだが、行列の女子たちは頑として列を移らない。

この様子を見れば、先ほど耳にした「図書館の王子」が誰を指すかは明らかだった。

「……すごい」




物陰からしばらく様子を見ていると、鷹通が一人ひとりににこやかに、丁寧に応じているのがわかる。

そういうところは、初めて出会ったころからまったく変わっていない。

誰にでも分け隔てなく接し、真心を尽くし、やさしく穏やかに微笑む。

あの温かさにあかね自身、どれほど救われたか知れない。

(でも、あれじゃあとても時間通りには終わらないだろうな〜)

しばらく待つのを覚悟して、カウンターから見えない席に腰を下ろした。




すぐそばを、カウンターで手続きを済ませた女子学生たちが通っていく。

「やっぱり王子、素敵〜!! 超絶美形!!」

「彼女いるって本当なの?」

「じょしこーせーらしいよ。それってどうよ」

「え〜?! 何それ、幻滅〜!!」

図書館とは思えないにぎやかな声に、思わず首をすくめた。

その後も似たようなグループが通りかかり、あることないこと噂していった。

「一浪か二浪してるんでしょ」

「留学とかで遅れたんじゃないの?」

「何であんなにノーブルなの〜?」

「どっかの家元の御曹司とか?」

「法学部なのに、文学部の教授にめちゃくちゃかわいがられてるよね」

「私、彼女見たことあるけど、全然普通の高校生!」

「何で〜? 若いだけじゃん」

「教授の娘と仕方なくつきあってるとか?」

「え〜、鷹通くん、かわいそ〜」

「もっときれいな子、いくらでもいるのに〜!」

ついに耐えられなくなって、そっと席を立つと書架の陰からメールを打った。




「鷹通さん、お仕事大変そうですね。
今日は私、帰ります。
また今度、誘ってください。」




一方的で失礼な文面だと思うが、これ以上ここで待つのは辛すぎた。

送信を終え、さて、鷹通から見えないようにここから出るにはどうすればいいだろうと館内を見渡す 。

突然、カウンター方面からどよめきが上がった。

鷹通が立ち上がって、隣の係員に早口で何かを告げている。

館内を必死な表情で見回し、そのまま出口に向かって走り出した。

「え…?」

図書館で走るなんて、絶対しない人なのに……。




マナーモードにしているスマホが、コートのポケットで震えた。

もちろん、鷹通からの電話。

ここで受けるわけにはいかなくて、あかねはあわてて図書館の出口に向かう。

それが目に留まったらしく、何人かの女子学生に立ちふさがられた。

「ちょっとあなた!」

「今、藤原くんのこと、呼び出したんでしょ」

「行列見えなかったの?」

「す、すみません、通してください」

「高校生がこんなところまで入ってくるなんておかしいでしょ!」

「図々しいのよ! 出て行きなさいよ」




「その方をお呼びしたのは私です!」

凛とした声が響いた。

すぐに大きな背中があかねの視界いっぱいに広がる。

「……図書館で大きな声を出して申し訳ありません。けれど、この方には何の咎もありません。
学内に立ち入る許可もあらかじめいただいています」

鷹通が、あかねを守るように女子学生たちとの間に立ちふさがっていた。

「で、でも、藤原くん…」

「まだ、受付が…!」

「そうよ、終わってないわ」

「もともと5時半までのシフトでした。
時間内に皆さん全員の受付を終わらせることができなかったのは私の不手際です。
申し訳ございませんでした。
引き続き、カウンターでは手続きを受け付けておりますので」

「「「……!」」」

深々と頭まで下げられ、これ以上抗議する気力を失って、女子学生たちは三々五々に散っていった。




驚きで身を硬くしたままのあかねを振り返り、鷹通は哀しそうに微笑む。

「怖い思いをさせてしまいましたね。本当にすみません」

「……ううん。私が変なメール送ったから…」

「……あかねさん」

鷹通は再度カウンターに戻って係員たちに頭を下げると、コートと私物を持って引き返してきた。

「……では、少しおつきあいいただけますか」

「どこへ?」

「着いてのお楽しみということで」




そうして導かれるままに電車を乗り継ぎ、すっかり日が落ちた公園で、光の洪水に出迎えられることとなったのである。