天地白虎トーク1 ( 1 / 2 )

 



「中納言殿は京が恋しくていらっしゃるのかな」

「これは……左近衛府少将殿」

南斗宮の庭にたたずむ幸鷹は、声を掛けられて振り向いた。

優雅な微笑みを浮かべた華やかな公達。

ウエーブを描く髪のせいか、翡翠よりも容貌が柔らかく見える。

「ああ、意趣返しされてしまったね。何もここまで離れた場所で、役職を呼び合うこともなかろう、藤原幸鷹殿」

「そうですね……橘友雅殿」




穏やかな春風が吹き抜ける。

「少し、いいかな」と言いながら、友雅は幸鷹を池のほとりの四阿へと誘った。

陶製の椅子と、陶製の卓が据えられた木陰の一角。

「…まさに桃源郷……といった眺めですね」

見事に整えられた庭を見ながら、幸鷹が呟く。

ふっと笑みをこぼすと、友雅は言った。

「…来てみれば、案外退屈なものだね。桃源郷とやらは」

「それほどに期待を抱かれていたのですか?」

「どうだろう。多少失望を覚えるところを見ると、そうらしいね」

目を細め、長い指で顎に触れる。

醸し出す優雅さと、微かな退廃の影。

まるで一幅の絵のようだと幸鷹は思った。




「……さすがに二百年もたつと、変わるものだね」

池に目を向けたまま、友雅が呟く。

「何が…でしょうか」

「地の白虎だよ。ずいぶんと善良で、真面目そうな男に見えた」

「ああ…」

先日合流したばかりの梶原景時の姿を思い浮かべる。

気さくで、場を明るくしようと努める穏やかな性格。

翡翠との共通点など見つけようもない。

「そうですね。もちろん、変わったのは地の白虎だけではありませんが」

「そうかい? 私には、君ら天の白虎はかなり似た者同士に思えるがね。全員私に説教をしそうだ」

「……鷹通殿はあなたに説教をされるのですか」

意外そうに幸鷹が尋ねる。




「そうは見えないかな」

「ええ。あなたに全幅の信頼を置いているように思えました」

ははは…と、友雅が声を立てて笑った。

「それはまた、責任重大だな。だが私にはきみも、翡翠殿を信頼しているように見えるが」

「私が…ですか?」

幸鷹が居心地悪そうに身じろぎする。

「あの男は海賊です。検非違使別当の身からすれば、追捕して当然の身…」

「だが、信じているのだろう?」

「…!」

友雅ににっこりと微笑まれて、幸鷹は困惑した。

(私が翡翠を……信じている?)

「そうだね。たとえば私は、決して鷹通に刃を向けたりはしない。鷹通も同様だろう。だがきみたちは、多分それに近い状況に何度か遭っているのだろうね」

「それはもちろん。伊予にいたころは、実際に追捕する間柄でしたし」

数々の捕り物の場面が頭をよぎる。

ことごとく、翡翠に裏をかかれたのが癪にさわるが。

「けれど崖っぷちでどちらかが足を滑らせたとき、相手が必ず助けの手を伸ばすと信じられるのだろう?」

「…それは……!」

しばらく無言になって、その場面を想像してみる。

「……私は、もちろん手を伸ばします……」

(だが翡翠は? どうなのだろう…?)




「おやおや、別当殿。私も見くびられたものだね」

突然、四阿の上から声が降ってきた。

のんびりとしたその口調は、まぎれもなく

「…翡翠殿! またあなたは…!」

幸鷹は立ち上がり、四阿の外に飛び出す。

「おや、とんだ邪魔が入ったね」

パチンと扇を閉じると、友雅も立ち上がった。

四阿の屋根の上には、半分寝そべった姿の翡翠がいる。




「左近衛府少将殿に、私の対を盗られてしまうかと思ったのでね。様子をうかがいにきたのだよ」

「! でたらめを言うのはおよしなさい。どうせいつものように、その辺の木にでも登っていたのでしょう」

スッと身を起こすと、鮮やかな身のこなしで地上に降り立つ。

そしてにっこりと幸鷹に笑いかけた。

「まあ、あたらずといえども遠からず、かな。ところで別当殿、私は手を伸ばしはしないよ」

「!……別に……私はかまいません」

「かわりにこの流星錐を投げさせてもらう。そのほうが引っ張り上げやすいからね」

「だから、私は不要だと! ……友雅殿? どちらへ?」




「いや、ちょっと鷹通が恋しくなったのでね。私は帰らせてもらうよ」

「はい?」

こちらを振り向かずに、手をひらひらとさせただけで立ち去る友雅を、幸鷹は呆然と見送った。

同じ方角を見ながら、翡翠がふーむと呟く。

「……あれは、私たちにあてられたのだね」

「なっ!!? いったいどういう意味ですかっ?!!」

真っ赤になって怒る幸鷹を、翡翠が楽しそうに眺めた。

「やはりきみの対は私だけだということだよ」

「じょ、冗談ではない! わ、私は景時殿のところに参りますっ!」

「あちらが断るだろう」

「余計なお世話です!!」

幸鷹は、頭から湯気を立てながら大股で立ち去っていった。




「あんなに面白い対を、手離すのはいかにも惜しいからね」

翡翠は微笑みながら、遠くなる後ろ姿をのんびりと追う。


* * *


「鷹通。ちょっとケンカでもしてみないか?」

「…友雅殿? どうかなさったのですか?」

南斗宮の一角で、鷹通は自分の対の白虎をキョトンと見つめた。

「いや……何やら楽しそうなケンカを見たのでね」

「…止めなくてもよろしかったのですか?」

「いいだろう。楽しそうだったからね」

「はあ…」

困ったように返事をすると、少しためらってから鷹通は手もとの書物に目を落とす。

このままではいつまでたってもケンカになりそうにない。




「仕方ない。天真でもからかってくるとしよう」

「と、友雅殿! わざわざケンカ相手を探しにいかないでください!」

鷹通はあわてて立ち上がった。

「大丈夫、加減はわかっているよ」

「そういう問題ではありません!」

食い下がる鷹通を楽しそうに眺める。

「そうそう。そうでなくてはね」

「はい?」

扇を閉じると、にっこり微笑んだ。

「鷹通、私は二百年後の白虎に興味があるのだが、一緒に訪ねてみないか」

「…譲殿と景時殿ですか。ええ、もちろん。あのお二人なら、あなたのケンカ相手にはなりませんし」

「そうかな? 私は天の白虎を怒らせるのは得意だよ」

「友雅殿!」

二百年後の白虎が見つかるまで、友雅は待望のお説教をたっぷりと浴びることができた。